9 / 9

またね

旅行が終わり、外国文学のシンポジウムでの講演も無事終わった。 シンの講演は相変わらずわかり易くて、初心者の人達にもよくわかる内容だった。 時々ジョークを交えたり、日本と外国文学の関わりを話した時は、聞いていた人達全員、感嘆の声をあげていた。 出国時間の前、カフェでコーヒーを飲みながら、将来のことを少しだけ話した。 今、自分が考えていることを、シンに知って欲しかった。 『まだ、将来自分が何をしたいのか、いまいち見えてこなくて……英語教員の免許を取ったり、TOEICの勉強したり……手当り次第って感じで……』 『可能性を広げることはいい事だ』 『うん。この前、ボランティアで翻訳みたいなことをしたって言ったでしょ?あれ、結構楽しくってさ……最近は洋画のセリフを書き起こして、自分なりに翻訳したりしてるんだ』 『へぇ……翻訳家に興味が出た?』 『まだ翻訳家になるには、どうしたらいいのか分からないし、これだ!っていう訳じゃないんだけど、今はそれが楽しいなって思ってて……』 『そういう所から見つけていけばいい。大学の内に全ての人生を決める必要なんてない。時間がかかってもいいから、後悔しない道を真尋のペースで見つけたらいい』 シンは大きな手で、俺の頭を撫でた。 どうしてシンは、俺の欲しい言葉を沢山くれるんだろう。 『……私も、大学を卒業した後、銀行員になったんだ』 『え!?そうなの?』 『けど、研究家の道を諦めきれなくて、お金を貯めて、勉強して、大学院に入ったんだ。辛くても、後悔しない道を選べ。私の祖父の言葉だ』 シンのおじいさんって確か、日本人なんだよね。 おじいさんも後悔しない道を選んだのかな。 『そろそろだな……真尋、なるべくこちらが明るい内にまた電話するよ』 『ありがとう』 スーツケースを引いて、シンは颯爽と搭乗口に向かう。 『真尋。どれだけ君が迷っても、私が傍で寄り添う』 『うん……』 『それから、今度イギリスに来る時は、家族を紹介する』 『え、家族って……』 『皆、真尋に会いたがっていた』 家族に紹介って……本当に結婚するみたいだな。 『真尋、またな』 『うん。またね』 手を振るシンの指にはキラリと指輪が光っている。 大丈夫。寂しくない。 俺も左手で手を振った。 この指輪があれば、寂しくない。 今度はいつ会えるかな。 終

ともだちにシェアしよう!