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またね
旅行が終わり、外国文学のシンポジウムでの講演も無事終わった。
シンの講演は相変わらずわかり易くて、初心者の人達にもよくわかる内容だった。
時々ジョークを交えたり、日本と外国文学の関わりを話した時は、聞いていた人達全員、感嘆の声をあげていた。
出国時間の前、カフェでコーヒーを飲みながら、将来のことを少しだけ話した。
今、自分が考えていることを、シンに知って欲しかった。
『まだ、将来自分が何をしたいのか、いまいち見えてこなくて……英語教員の免許を取ったり、TOEICの勉強したり……手当り次第って感じで……』
『可能性を広げることはいい事だ』
『うん。この前、ボランティアで翻訳みたいなことをしたって言ったでしょ?あれ、結構楽しくってさ……最近は洋画のセリフを書き起こして、自分なりに翻訳したりしてるんだ』
『へぇ……翻訳家に興味が出た?』
『まだ翻訳家になるには、どうしたらいいのか分からないし、これだ!っていう訳じゃないんだけど、今はそれが楽しいなって思ってて……』
『そういう所から見つけていけばいい。大学の内に全ての人生を決める必要なんてない。時間がかかってもいいから、後悔しない道を真尋のペースで見つけたらいい』
シンは大きな手で、俺の頭を撫でた。
どうしてシンは、俺の欲しい言葉を沢山くれるんだろう。
『……私も、大学を卒業した後、銀行員になったんだ』
『え!?そうなの?』
『けど、研究家の道を諦めきれなくて、お金を貯めて、勉強して、大学院に入ったんだ。辛くても、後悔しない道を選べ。私の祖父の言葉だ』
シンのおじいさんって確か、日本人なんだよね。
おじいさんも後悔しない道を選んだのかな。
『そろそろだな……真尋、なるべくこちらが明るい内にまた電話するよ』
『ありがとう』
スーツケースを引いて、シンは颯爽と搭乗口に向かう。
『真尋。どれだけ君が迷っても、私が傍で寄り添う』
『うん……』
『それから、今度イギリスに来る時は、家族を紹介する』
『え、家族って……』
『皆、真尋に会いたがっていた』
家族に紹介って……本当に結婚するみたいだな。
『真尋、またな』
『うん。またね』
手を振るシンの指にはキラリと指輪が光っている。
大丈夫。寂しくない。
俺も左手で手を振った。
この指輪があれば、寂しくない。
今度はいつ会えるかな。
終
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