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第109話
Side:入井 風海
その夜、熱が出た。
視界がぐにゃんぐにゃんと曲がって、酷く吐き気もした。
雨も降りだしたせいで、事故で切った頭の傷がズキズキと痛む。
はっきりと思い出したんだ。
『俺は別れてもいいけど』
冷たく言い放った遼。
心が離れていってるのを感じた。
もう戻ってなんかこない。
けれど青春の全て、僕の生きた今までの時間に全部遼がいた。
大人になる未来で、遼がいないのが怖かった。
毎日抱いてもらわないと不安で、女性の匂いがするのも不安で。
傍にいてもこの先、どんどん心が離れていくのが不安で。
あの日、遼の恋人のまま死のうなんて魔が差したんだ。
目隠しした彼の手。
目隠しして彼を隠した僕は、きっと笑いながら泣いていたと思う。
幸せで、悲しくて、愚かで惨めだった。
『風海!』
ただ、岩にぶつかる寸前で振りほどかれて突き飛ばされた。
悲し気な遼の顔を見ながら、沈んでいく。
ああ、神様。
遼だけはやっぱり死んだら駄目だ――。
熱が出た。
この熱は、僕に記憶を忘れさせようと、弱い心が放った火。
だから絶対に、絶対に今度は忘れないように何度も何度も頭の中で思い出す。
熱は三日三晩続き、それはまるで朝が来ない夜のように長く暗い三日間だった。
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