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眠り姫 #1 side T

最近の千秋はまるで眠り姫のようだった。あまり食事も摂らず、ずっと眠り続けている。 「すみません…」 起きている間、彼はそればかりを口にした。 「謝る必要なんてどこにもないさ。君は疲れているんだよ。卒業や新学期を迎え、春は私にとって一番慌ただしい。そんな私の生活に合わせなくてはならなかったのだからね。」 私は何度もそう諭した。それでも彼は『すみません』ばかりを繰り返した。素人目で見ても、これは病的な睡眠だ。私は心配になり、彼の姉代わりである恵さんに連絡をした。恵さんは過去にもそういったことがあったと教えてくれた。そして、主治医てある大和田医師に連絡すると言った。そして、その大和田医師は今日、我が家を訪問してくれることになっている。千秋が眠るベッドの脇に椅子を置き、私はそこで彼を見つめ、頭を撫でる。いつものように。 「千秋、何があったのかね?遠慮せずに何でも私に話して良いのだよ…」 当然千秋は何も返さない。右隣にあるサイドテーブルにあるノートを手に取った。それは今年の正月明けに二人で購入したものだ。千秋のしたいことを書くノート。ページを開けば、最初の行には『初詣』と書かれ、その下には『つつじ』と書かれていた。 「『つつじ』って…先日二人で見に行ったことかな?やはり…未来を書くのは苦手かな?君は。」 苦笑いとキスを一つ、彼の額に落とす。 『千秋君、駅の向こう側のC公園のつつじが満開だそうだ。桜は結局二人で見に行けなかったし、君さえ良ければ見に行かないか?』 そう誘って、彼を外へ連れ出した。先週のことだ。家から徒歩25分ほどの公園。そこでは色とりどりのつつじが競演しているかのごとく花を咲かせ、とても美しかった。 『なぁ、千秋君。どれも美しいが、やはりつつじはつつじ色が一番目を引くね。まるで燃えているようだ。』 振り返えると、彼は全く別の方向を見ていた。 『千秋君?』 『あっ、ごめんなさい…えっーと…何でしたか?』 『どうしたのかね?』 『いいえ。別に…今日の夕飯…どうしようかなって考えていたものですから…』 『全く…君って人は…今は何も気にせず、つつじを愛でなさい。』 『はい。そうでしたね。すみません…』 彼は笑顔で謝った。 考えてみれば、あの時、あの公園で何かあったのかもしれない。千秋の睡眠時間が長くなり始めたのも、あの日が境だったかも。 家の呼び鈴が鳴った。大和田医師に違いない。

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