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第1話「鬼の里」
人里離れた山奥に、その里は存在した。
周囲は森に囲まれ、決して人間が立ち居る事は出来ない。
此処は鬼の里、一族を纏める頭領を中心に、里の秩序が保たれている。
しかし、それは表の姿であって、裏ではある秘事が行われていた。
今日も、頭領はその艶やかで白い肌に幾個もの華を咲かせる。
少年―少女とも見て取れる彼は、秘事に唯々耐えるだけだ。
少年は、この屋敷に幽閉されている。
その理由は、彼が『異端』であるが故だった。
産み落とされてすぐに、両親は頭領にこの事実を伝えた。
蒼い瞳―そして、首の模様。それは、この里では『異端』として受け継がれてきた。
里の者は、赤い目を持って産まれるのが尋常だった。
そして、首の模様は、『中性』を意味した。彼は、男でも、女でもないのだ。
『中性』は上半身は男、下半身は女のものを持つが、妊娠はしない。
だから、頭領となった者は『異端』を幽閉し、秘事を行う。
「っ……」
少年は唯々耐える。一筋の涙を流し、無表情のまま。
その行為を、ただ見つめるものが居た。
この屋敷に臣従する少年だ。年の頃は18、紅髪赤眼の容姿を持っている。
紅髪の少年も、無表情で頭領と蒼眼の少年の情事を見守っていた。
切れた唇に、水を湿らせた布を宛がいながら、紅髪の少年が声を掛けた。
「暫く痛むと思いますが、我慢を」
「解ってる……」
碧眼の少年―椿丸 がもごもごと答えた。
治療を終えた少年―名を朧 という―が立ち上がる。
諦めきった、その瞳で椿丸は、朧を見つめた。
「敬語。いつになったらやめるの? 僕には必要ないよ」
「そう言う訳にもいきません」
「…変な奴」
椿丸がそっぽを向く。もう、興味を無くしたのか、朧がいないも同然の様に布団に入った。
朧も、それを見届けて、牢屋の鍵を閉めた。
椿丸にとって、この牢屋こそが、自分の世界のすべてだった。あとは、頭領の部屋しか知らない。
天井を見上げた。何の変哲もない、木目が規則正しく張り巡らされている。
朧の事を考える。出会いから可笑しな男だったなと椿丸は思った。
自分なんかに最初から敬語で話すし、心配するし…。
瞼が閉じて行くのを感じた。椿丸はそのまま深い眠りについた。
ふと目を覚ますと、辺りはもう真っ暗になっていた。この部屋には少しの月明かりしか入って来ない。
コツコツ、と階段を降りてくる足音があった。椿丸は布団から抜け出し、祖の相手を確認しようと鉄格子に近づく。
「夕飯を持ってきました」
「何だ、アンタか…」
朧が夕飯の乗ったお盆を置く。鍵を取り出し小さな扉の鍵穴に差し込む。
いつもここから食事を鉄格子の中の椿丸に渡している。
お盆を受け取った椿丸は何か考えるようにして、ゆっくりと口を開いた。
「…今日は、お前もここで食べればいい」
朧が大きく目を見開いた。そしてどこか嬉しそうにはい、と言った。
自分の夕飯を持ってくるからと朧は一度この場を後にする。
椿丸は自分の放った言葉が信じられずに口元を抑えた。
自分は何を期待しているんだ。何も変わらない。この生活が続くだけなのに。
お盆の中の料理を見つめる。丁度良く焼けた秋刀魚に、栗ご飯、茸の味噌汁に小鉢と、秋の食材が満載だ。
朧がお盆を抱えて戻ってくる。二人、鉄格子の中と外で何を話すでもなく夕飯を共にした。
それだけの事なのに、椿丸は泣きたいくらい嬉しかった。初めて誰かと一緒に食事をしたのだ。
「また、一緒に食べてやらなくもない…」
「はい…!」
強がって、そんな言い方をするのに朧は嬉しそうに満面の笑みを見せた。
この男がこんなに笑う事があるなんて――。
情事の最中は、我関せぬといった感じで無表情なのに。
「やっぱりアンタ、変な男だ」
椿丸の顔に自然と笑みがこぼれていた。
*****
次の日の早朝、椿丸は足音で目を覚ました。まだ辺りは薄暗い。
こんな時間に誰だろう、と目を凝らす。
現れたのは、朧だった。朧の表情は読み取れず、無表情がそこにあるのみだ。
彼はゆっくりと鉄格子の扉を開けた。
「お前、何してる…?」
「椿丸様、俺と一緒に逃げませんか?」
「は…?」
「この里を出るんです。貴方は幽閉なんてされる方じゃない。もっとのびのびと生きるべきです」
そう言われ、椿丸は戸惑った。確かにこの部屋から外に出たいと何度も願った。
しかし、それは叶う筈がないのだ。椿丸から乾いた笑いが口をついて出た。
「お前、馬鹿なの…そんな事したら見つかるに決まってる。もっと酷い事になるんだ」
「俺が貴方を全力で守ります! だから、早く―…!」
階段の方から新たな足音が聞こえた。椿丸は、肩を抱き震えている。
万事休すか―そう思った所で朧が意外な行動に出た。
椿丸の手を取り、引き寄せ、その唇に口づけたのだ。椿丸は訳が分からず、されるがままになる。
頭領がやって来て、二人を見比べた。大声を出して笑う。
「朧よ、お前の負けだな!」
「っ…申し訳、ありません…」
「良い、お前も見ているだけではつまらなかったのだろう? 時間をやろう」
そう言って、頭領はこの場を立ち去った。
頭領の足音が聞こえなくなると、朧は椿丸の手を離し、深々と頭を下げた。
「この場を切り抜けるには、あれしか思いつきませんでした。大それた事をして大変申し訳ございません」
「…っ別に…」
椿丸にとって、口付けなど慣れていた。しかし、彼の心は大いに乱された。
自分でもわからない感情に戸惑う。そんな椿丸をよそに、朧は繰り返し言ってのける。
この部屋から出よう、と。
「~~~…どうなっても知らないからな!!」
その言葉で、朧が鉄格子の鍵を開けた。
椿丸は、初めて外の世界へと足を踏み出したのだった。
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