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第2話「脱出」
少女は病弱だった。いつも、家から出る事を許されなかった。
しかし、その日の朝は違った。朝から家の中が騒がしく、少女は重たい体を起こした。
自室の襖が開き、見知らぬ男が入ってくる。少女は身を固くした。
男は、少女の肩を掴み、立ち上がらせる。少女は痛みに小さな悲鳴を上げた。
まだ小さな体が揺さぶられる。少女は手を引っ張られ、男と共に部屋を後にした。
*****
朧に手を引かれながら、森を駆け抜ける。
裸足の椿丸にとっては、危険なことこの上ないが、そんな事も言っていられない。
「なぁ、アンタ大丈夫なのか!?」
「俺は大丈夫ですよ。むしろ問題なのは俺の家族ですね」
「え…?」
椿丸が足を止めた。朧が振り向く。
「早く戻れよ! 家族がいるなら僕の事なんか構うな!」
肩で息をする椿丸対して、朧は一切息が上がっていない。
そっと、椿丸の肩に手を置いて朧は口を開く。
「…ずっと、貴方をお慕い申しておりました…俺は、どうしても貴方をあの場所から連れ出したかったのです…」
「…そんなの、迷惑なだけだ!」
里の方から足音が聞こえた。瞬間的に椿丸が振り返る。
足音の主は、里の者だった。朧に何か耳打ちをする。
それに、そうか、と一言呟いて朧は俯いた。男はまた来た道を引き返していった。
椿丸は心配になり、朧に問う。
「何があった?」
「……頭領に、妹が連れて行かれた、と」
「ッ戻るぞ!」
椿丸は来た道を引き返す。朧もそれに続いた。
*****
頭領の手が、少女―弥生の着物の帯を掴んだ。
するすると帯を解いて行く。弥生は、それにふるふると首を振り怯えるだけだ。
齢十二の少女には、これから起こる事は予想出来ていない。ただ、恐怖があるだけだ。
ぷるぷると震える弥生をよそに、頭領はその大きな手でどんどん着物を脱がしていく。
最後の一枚になった時、頭領の後ろにある襖が勢いよく開かれた。
「弥生!!」
「っ兄様ぁ!!」
弥生が助けてと言わんばかりに兄に手を伸ばす。
朧は、頭領に掴みかかりその身体を弥生から引き剥がす。
「妹に手を出すな、この淫乱狸が」
「な…! お前が勝手に椿丸を連れ去るからこうしてやったまでだ」
「お前、容赦しねぇぞ…」
そのあまりの迫力にさすがの頭領も息を飲んだ。
椿丸が間に入り、仲裁をする。
「お前の妹は大丈夫だったんだ。もういいだろ」
「良くないです! 今直ぐここで殺してやる…!」
「もっとこいつを苦しめるいい方法を僕は知ってる…僕に任せろ」
「しかし……!」
「大丈夫だ。……なぁ、頭領…?」
碧眼の目が、冷たく頭領を見下ろした――…。
翌日、朧は屋敷前に里の皆を集めさせた。およそ百人もの鬼が集まる。
ある者は何だ何だと騒ぎ、ある者は、頭領から大事な知らせがあるらしいと噂した。
暫くして、朧と頭領が屋敷から出てきた。ざわめきは一層大きさを増す。
それを、朧が鎮めさせる。ざわめきがなくなり、朧が口を開いた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。
今日は頭領がひた隠しにしてきた秘密を皆さんに教えるべきだと言う声がありました。
それを語ってもらいます」
また民衆は騒めき立つ。それを煽る様にして、椿丸が姿を現した。
その姿に驚きの声が上がる。「禁忌の子だ」「異端だ…」等と声が聞こえる。
それに臆することなく、椿丸は民衆を見つめた。ゆっくりと口を開く。
「僕は、この屋敷に産まれた時から幽閉されていました。
皆さんはその事実を伝承でしかないと思っているでしょうが違います。
僕はずっと頭領の『相手』をさせられていました。
この体が妊娠しない事を良い事に! こんなの許されるんでしょうか!?
異端だからって僕の意思はどうなるんでしょうか! 僕だって鬼だ!
目の色が違うだけでこんな模様だけで、どうして差別されなきゃいけない!」
そこまで一気にまくしたて一息つく。
「僕は、頭領をこの座から引きずり落としたい。こんな奴が頭領であってはならない!」
民衆は戸惑いながらもそうだ、そうだ、と続ける。その声は大きくなり、頭領の耳に降り注ぐ。
頭領は顔を真っ赤にして、怒りを露わにした。椿丸の頬を叩き付ける。
その衝撃で尻餅を着いた椿丸を、朧が心配そうに見つめた。
大丈夫だ、と目で合図を送り、椿丸は立ち上がる。
服を脱ぎ、上半身を露わにさせる。民衆が息を飲む音が聞こえた。
「これが証拠だ!」
そこには、赤く色付いた花弁の数々が浮き上がっていた。
母親は、子どもの目を塞ぎ、男も目のやり場に困っている。
頭領は地面に膝を突き、崩れ落ちた。その地位が崩れていく音が聞こえた。
それから暫くして、頭領は里から追放された。もう彼がこの里に戻ってくることは無いだろう。
ぽっかりと空いた頭領の座には、投票の結果椿丸が座る事になった。
椿丸は断ったが、民衆の勢いには勝てなかったのだろう。とうとう折れてその座に着く事になった。
今日はその醜名式だ。屋敷前には大勢の鬼が集まっていた。
代々伝わる醜名の儀式が進行されていく。椿丸は民衆の前に立ち、宣言する。
「僕が頭領になったからにはもう、僕を異端だなんて言わせない。
この里の伝承を変えていく!」
こうして、鬼の里の頭領に椿丸が選ばれたのだった。
*****
「それにしても、椿丸様の秘書になれるなんて思いもしませんでした」
「まぁ、お前が一番付き合いが長いからな」
「良かったです」
「何故だ?」
「ずっと、貴方の傍に居れるからに決まってるじゃないですか」
「っ……そ、そういえばあの時の返事、していなかったな…」
「はい…?」
「っ…!」
椿丸が机から身を乗り出し、朧の唇に自身の唇を押し付ける。
朧は驚いて身を引いた。
「なんで……」
「ッそう言う事だ! 解れこの馬鹿!」
「…も、もう一度! 椿丸様もう一度…!」
「するか! 馬鹿朧!」
二人の恋は、まだ始まったばかりだ――…。
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