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番外編「男郎花祭」第1話

森の木々がさわさわと騒めく。 紅葉の葉が地面に落ち、赤い絨毯を作った。 季節は秋だ。僕が頭領になってから二年が過ぎた。 数日後には、里の祭り『男郎花祭』(おとこえしさい)が開催される。 僕は今その準備で大忙しだった。机の上には書類の山。すべて祭り関係の書類だ。 それらに目を通し、印鑑を押していく。雑務も、頭領の仕事のうちの一つだ。 「椿丸様、追加分の書類です」 「うへぇ…まだあるの?」 「これで終わりです。頑張ってください」 そう言って、朧が僕の頬に口づけを落とす。 「馬っ鹿! …………仕方ない、な…」 「ふふっ」 キッと睨み付けてやるが、朧には全く効果がないらしい。 まだにこにこと笑っている。悔しいので、無視して書類に目をやる。 その書類には、『二十歳の鬼一覧』と書かれていた。ざっと眺めて行く。 その中に知った名前を見つけて、僕は手が止まった。 「おい、朧」 「何でしょうか?」 「僕は、お前が祭りの主役だなんて聞いてないぞ」 そう言って、一覧の書類を見せつける。朧はけろっとした表情で言ってのけた。 「椿丸様がお忙しそうでしたので、頃合いを見て言うつもりでしたが、それを先に見られたのでしたら話が早いです。当日は、申し訳ございませんが一緒に祭りを回れません」 「そういう事じゃない! この祭りがどんなものか知っていてそんな言い方をするのか?」 この『男郎花祭』は、二十歳になった鬼が主役となった祭りだ。 その年の二十歳の鬼は、広場で行われる儀式に参加しなければならない。 その儀式というのが、ようは度胸試しのようなものだ。 燃え盛る炎の中へダイブし、潜り抜けるというもの。 下手をすれば命に関わる。この儀式事態、僕はどうかと思って講義をしたが、上の者は昔からの大事な儀式だと言って廃止する事に難色を示した。 多数決で決まった事柄だ。僕の力だけではどうする事も出来なかった。 「そうかお前今年で二十歳か…」 「しっかりとやり遂げてみせますよ。貴方の為にも、ね」 「っこら、待て…っ!」 口づけられる。こんな事で騙されるもんか―そう、思うのに頭の中は真っ白になって、朧の舌の感覚に集中してしまう。 チュッと吸われ、口腔内を犯される―。 朧は、ずるい。 そうして、僕はまた仕事を放棄してしまった。 ​ ​ ​ 「くそっ朧のせいで…!」 ​ 夕方、朧が居なくなった部屋で一人書類とにらめっこをする。 あの後、散々朧に泣かされたのは言うまでもない。というか、言いたくもない。 ふるふると首を振り、邪念を消す。 その時、目の先にあるドアがコンコンと音を立てた。 ​ 「失礼します」 「…何の様だ?」 「あぁ、椿丸様初めまして。私、こう言う者です」 ​ そう言って、目の前のフレームレス眼鏡を掛けた男は名刺を取り出した。 大谷八尋(おおがいやひろ)。民俗学研究家だという。 ​ 「…人間が、どうやってこの里に?」 「少々ツテがありましてね」 ニヤッと笑ったその顔は、悪役そのものだ。 こちらが訝しそうにしているのに気付いているのか大谷は机の前までやって来て僕に耳打ちした。 「別に、鬼の事は悪い様にはしませんよ。私はただ、明日行われる祭りに興味がありましてね」 「十分、何か企んでいそうだが…」 「取材をさせて欲しいだけですよ。勿論、タダでとは言いません。この村への支援…と言うのはいかがですか?」 「…具体的には?」 「食料の提供です。私は食品会社の跡取りでしてね。こちらへ食材を流す事も可能ですよ」 「…それは、正式な手続きをして、だろうな」 「はい、もちろんですよ」 怪しい笑みを浮かべて大谷が続ける。 「そちらにとっても良い取引ではないですか? 取材させれば食材が手に入る。むしろ、あなた方の方が得をしている」 「……その取材したものは発表するのか?」 「えぇ、もちろん。まぁ、人間は信じる者は一握りでしょうがね」 「…考えさせて欲しい。上の判断も仰ぎたい」 解りました、と大谷は部屋を出て行った。 明日の朝に此処に来るようにと約束を交わした。 朧を呼び、大谷について調べるように指示する。朧はすぐに動き出した。 僕は案件をまとめ、会議を開く為に大広間へと向かう。 この邸には、頭領である僕以外にも、それを裏で仕切る『機関』の存在があった。 これは頭領になってから知ったが、上には上がいたのだ。 里の政治はこの『機関』が握っていると言っても過言ではなかった。 大広間の扉を開ける。そこには数人の鬼の老人が集結していた。 皆、くっきりとシワが刻まれ貫禄がある。 僕は一礼してから、先ほど起きた事を報告した。 「朧の報告次第で動け」 「はっ、かしこまりました」 「それと、椿丸。覚えておるか? この祭りが成功しなければお前は頭領の座を降りる事…」 「…承知しております。必ず、成功させてみせましょう」 そう伝えて広間を出た。 老人たちの怒号の声が聞こえたが、そんな事構うものか。僕は、前を見据えて歩き出した。

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