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番外編「男郎花祭」第2話
翌日、『男郎花祭』が開催された。
里に至る所に出店が出て、賑わいを見せている。
僕はその様子を邸から眺めながら、朧に問いかけた。
「どうだった?」
「一日では何とも言えませんが…今の所怪しい影はありませんでした」
「そうか…」
僕は『機関』に報告する事を伝え、朧に下がってもらった。
大広間へ行き、老人たちに朧から聞いた事を伝える、
彼らは渋々、大谷の取材を受ける事に首を縦に振ってくれた。
大広間を後にし、自分の部屋へ戻る。暫くすると大谷がやって来た。
「上の者も取材については承諾した」
「ありがとうございます」
「ただし、監視を付けさせてもらう」
「監視って、貴方ですか」
「仕方ないだろ。人手が足りないんだ」
僕が大谷の監視役となって彼の隣に立っている。
カメラを首から下げた大谷は次々に写真にその情景を収めていく。
本当にこいつはこの為だけに来たのだろうか…。疑惑は拭えない。
暫く監視を続けたが、大谷が怪しい行動を取る事はなかった。
夕方になり、祭りの目玉である『儀式』の準備が始まった。
広場に赤々とした炎が焚かれ、それを囲う様にして群衆が群がる。
広場の中心に主役の鬼たちが集まって、その時を待つ。そこには朧の姿もあった。
暫くして、和太鼓の音が辺りに響いた。それを合図に、一人ずつ、炎の中へとダイブしていく。
潜り終えるとすぐに水を掛けられ、無事に潜れた事に皆歓喜している。
辺りは大いに盛り上がっていた。
次は朧の番だ。朧が炎を見据える。そしてゆっくりと歩き出し徐々に加速していった。
炎を潜る―そう思えたが、運悪く足が縺れ、朧は炎をもろに受けた。
朧の足から体へ、炎が燃え移る。
辺りは祭りの賑わいから一変し、悲鳴が聞こえ始める。
僕は朧の傍に駆け寄って、急いで水を掛けてやった。
大参事になる事はなく、朧も助かったが、足に負った火傷は酷いものだった。
すぐに医者が駆けつけて処置をする。
「大丈夫か朧!?」
「えぇ…少し、痛みを感じますが大した事ではありませんよ」
朧は立ち上がり、『機関』の者たちを見つめる。
「もう一度やらせてもらえませんか」
その言葉に、誰もが驚いた。
審議の結果、もう一度やり直すことが認められた。
「見ていてください、椿丸様。次こそは必ず成功してみせます」
「待て、朧…っ!」
朧が走り出す。炎に包まれて、その後地面に転がりながらどうにか成功を遂げた。
群衆は歓声を上げ、朧の成功を喜ぶ。
僕は、安堵からなのか怒りからなのか解らないが涙が頬を伝った。
朧が駆け寄って来て、僕を抱き上げる。
「ちょっ朧!?」
「椿丸様! 見て頂けましたか!? 成功しました」
「そうだけど…」
「泣かないでください。俺は大丈夫ですよ」
ニッコリと笑ってくれる。それに安堵してつられて僕も笑った。
それを引き裂いたのは、群衆の中から飛び出してきた男だった。
手にはナイフを持っており、こちらに近づいてくる。
それを、身を挺して受け止めたのは朧だった。鮮血が溢れる。
抱きかかえていた僕を地面に下ろし、朧は刺された脇腹を手で覆う。
「っ誰だ…!」
犯人を見やる。そこには、追放された筈の頭領の姿があった。
気が狂ったように笑い、ナイフを振り回している。
「お前、どうやって…!」
「そこまでです」
僕と頭領の間に割って入ったのは、大谷だった。
大谷は頭領に睨みを利かせている。
「このような話、私は聞いていませんよ。貴方にはここまでの道のりだけを聞いたはずです」
「皆が祭りに興じている間に侵入するのは簡単だったからな。俺はこの二年間復讐だけを考えて生きてきた」
頭領は僕と朧を睨み付ける。朧の脇腹からは相変わらず赤い血が流れていた。
医者が急いで応急処置をしているが手こずっている様子だった。
大谷は頭領に冷たく言ってのける。
「私の取材の邪魔をするようでしたら、人間の住む街からも追い出してやりますが…?」
その迫力は、異彩を放っていた。
背筋が一瞬にして凍り付くような、睨みに頭領も観念したのかナイフを落とし、その場に跪いた。
大谷はこちらを向いて、謝罪を述べる。
「私の不手際でこのような事になってしまい、すみませんでした。彼の処遇はこちらに任せてください。それよりも、貴方は彼の傍に着いていてあげた方が良さそうです」
「っ朧!!」
僕は朧の元に駆け寄る。朧は脂汗を流しながら、僕を見詰めた。
「椿丸様、無事でよかった…」
「お前が無事じゃないと…朧、死ぬな!」
「どう、でしょうね……」
「命令だ! 僕の為に生きろ!」
「それは…プロポーズですか?」
「茶化すな!!」
また、泣きそうになる。朧の手を握り、必死に願った。
どうか、朧が助かりますように、と。
朧がゆっくりと瞳を閉じる。僕は朧の名前を呼び続けた―…。
数日後、邸に大谷がやって来た。
祭りでのお詫びだと、約束以上の食料を持ってきてくれたのだ。
「この間はすみませんでした。私も周りに気を配っていればよかったのですが…」
「いや、こちらも貴方を疑ってかかって申し訳なかった」
「お互い様ですね」
あの後、頭領は大谷によって人間の警察に引き渡された。
今は監獄の中だろう。
僕は、大谷から食料を引き取り、それを兵士に預けた。
これで、民衆に食料が振る舞われるだろう。
もう一つ気になっている事があった。僕は大谷と一緒に里を出て森を抜けた。
その先には大都市が広がっている。初めて見る高層ビル群に驚きつつも、目的の場所に急ぐ。
そこは、病院の一室だった。朧はベッドの上で眠っている。
あの後、里の医者では器具が足りずに、結局大谷の知る病院へと移る事となった。
そこで手術を受け、数日が立つ。朧はまだ目を覚まさない。
「いつまで寝てるつもりだ。早く起きろ」
そう語りかけるが、反応はない。
僕は朧の手を握る。どうか、目覚めますようにと願いながら。
「…椿丸様がキスしてくれたら目が覚めるんですけどね…」
そんな声が聞こえた。思わず朧の顔を覗き込む。
「っ馬鹿朧…!」
僕は朧の唇に、そっと自分のを重ねるのだった―…。
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