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番外編「試練」第一話
頭領が追放され、僕が新たな頭領になって数日が過ぎた。
まだまだ慣れない事だらけで、朧を頼ってばかりだ。
そんなある日の午後、朧に呼ばれて僕は大広間へとやって来た。
「ここは…?」
「里の老人たちが集まっています。今日は椿丸様をお呼びだったので…」
そう言って、朧は扉を開いた。
そこには、数人の老人たちがおり、豪華な装飾の施された椅子に鎮座している。
一気に緊張が押し寄せてきた。
「お前が新たな頭領となった椿丸か」
「は、はい…!」
「『異端』だというのは誠であったか…」
その言葉に胸が痛んだ。けれど、ここで食って掛かるわけにもいかない。
怒りをぐっと堪える。
「頭領になった者は代々試練を行うと決まっている」
「試練…ですか?」
「前の頭領もそうであったようにお前にも試練を受けてもらおう。それに合格出来れば正式に新たな頭領として認めよう」
「あなた方は一体…」
老人が言葉を放つ。
彼らはこの里を統治する『機関』という存在である事。
『機関』が頭領の上に立つ事を聞かせられた。
「解りました。その試練、受けさせて頂きます」
こうして僕の試練が始まった。
開催は三日後、この里の山奥にある洞窟で行われる事となった。
僕と朧は大広間を後にし、部屋へと戻って来た。
緊張がほどけて、僕はぐったりと椅子にもたれ掛かった。
「こんなの聞いてないぞ」
「申し訳ございません。彼らが暫く秘密にしていろ、と」
「…まぁいいや、試練でも何でもやってやるよ!」
僕が意気込んでいると、朧に背後から抱きしめられた。
驚いて身動きが取れない。
「決して、死なないでください椿丸様」
「…解ってる。大丈夫だ」
肩に置かれた頭を撫でてやる。朧は安心したのか抱きしめる力を緩めた。
朧の為にも絶対に合格しなくてはならない。
僕は決意を新たに、椅子に座り直すのだった。
その日の夜、自室でどんな試練なのかと思考を巡らせていた。
洞窟で行うのだから、何かを取って来い、とかそういった内容だろうか。
蝋燭の明かりだけがこの部屋を照らしていた。
僕は布団を掛け直し、更に物思いに耽る。
「椿丸様、起きていらっしゃいますか?」
「…ど、どうした?」
襖の向こうから朧の声が聞こえてドキリとした。
こんな時間に何故…?
恐るおそる、襖を開けた。
「何か用事か?」
「椿丸様の事でしょうから、色々と考えて眠れないのではないかと思って、蜂蜜入りのミルク
をご用意しました」
「あ、あぁ、ありがとう…」
見透かされて居た様で恥ずかしい。
僕はマグカップを受け取り、襖を閉めようとしたが、それは朧の手によって阻止された。
「っどうした…?」
「少し、お話させてもらっても?」
断り切れずに、僕は朧を部屋に招いた。
こんな深夜に朧と二人きり。
そう思っただけで、変な汗が出てきそうだ。
僕はマグカップを机の上に置き、平常心を保ちつつ、朧に問いかける。
「で、話って?」
「いえ…あの日以来、椿丸様は俺を名前で呼んでくれていませんよね?」
「ッ! そ、そうか?」
「はい…俺は…貴方にあの時の様に名前で呼んでほしいです」
少し、辛そうな朧の顔がそこにあった。
罰が悪くなり、朧から視線を逸らす。
朧はゆっくりと、僕の顎に手を掛け、自分の方へと向きを変えた。
それを振り払って、布団を被る。
「お、お前はいつも唐突過ぎる!! 告白された時もそうだし…」
「また、『お前』ですか…?」
布団に重みを感じた。朧が布団の上から僕を抱き締めているから。
少しだけ、布団から顔を出してみた。朧の顔がすぐそこにあった。
僕は咄嗟に布団を被ろうとしたが、朧の手によって阻止される。
朧が真剣な顔で、瞳で、僕を見つめる。
「呼んで下さい、朧、と…」
耳元で囁かれて、脳髄が溶けそうな感覚に陥る。
その、声は卑怯だ。
「うるさい…」
「椿丸様…」
「耳元で、囁くな」
耳を塞ぐ。ふふ、と小さく笑われた気がするがそんな事知ったこっちゃない。
こっちは心臓がいくつあっても足りない位、心音がうるさい。
「可愛すぎますよ…?」
「黙れ」
重みがなくなる。
その、温もりまでもが消えてしまう様で、咄嗟に朧の腕を掴んだ。
「あ、いや……その…」
「なんですか?」
「~~…卑怯じゃないか」
「何の事ですか?」
「っ朧、もう少しぎゅっとしてろ…!」
「はい」
そこには、満面の笑みの朧の姿があった。
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