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3 寝てるんだから、おれが何したって良いよな?
布団に入ってから五分後。
おれの右隣からは、すこー、という気持ち良さそうな寝息が聞こえてきていた。
うん、分かってた。
こいつ、修学旅行でもそうだったもん。
布団に入ると誰よりも先に眠る奴だし、チクショウめ。
ため息を吐いて起き上がったおれは、右隣の桂馬へ視線を寄せた。
くそ、寝息通りの幸せそうな顔しやがって。
思わず鼻を摘んでやったが、桂馬は緩く首を振るだけでその幸せそうな寝顔を崩す気配も見せない。
なら、おれが何したって別に良いよな。どうせ、起きないんだろ。
桂馬の鼻から指を離すと、おれは奴の掛け布団を大きく捲り、その隙間に潜り込んだ。
ぴた、と桂馬の右腕に擦り寄ってみたけど、シャワーを浴びたせいか、あのしっとりとした汗の感触はなくなっていた。爽快感のあるミントのボディーソープの匂いは、おれも同じものを使っている。そのはずなのに、桂馬が身に纏っているとすげーいい匂いに感じてしまうのは、やっぱり惚れた弱みという奴だろうか。
ぎゅっと右腕を抱きしめながら、おれは更に手を伸ばし、桂馬の体に滑らせる。
貧弱なおれの体と違って、胸板も厚く腰回りもがっちりしている桂馬。こんな風にじっくり触るのは初めてだな……けど、普通は触らないか。何が楽しくて男の体を弄るんだってなるし、桂馬が好きだって気づく前のおれだったらそう考えただろう。
好きだから、触りたいんだ。好きだから、現状のままで満足できないんだ。
好きだから……いくらフラグを折られても、諦められないんだ。
けど、それはワガママなんだろうか。
確かに、告白が受け入れられた時は、付き合えるだけですげー嬉しいし、満足だって思ったのも事実だ。これ以上、求めるのはワガママだって。
「……くそ、全然、反応ねえし」
首筋に鼻先をくっつけて、音を立てて口づけても、くすぐったそうにする様子も見せない。やってるおれは触られてもいないのに、体が勝手に火照るのに。
こんなの、ただのオナニーじゃん。
桂馬は、本当におれのことが好きなのか? 付き合おうって言ったのも、桂馬にとっては友達付き合いに毛が生えた程度でしかなくて、おれが抱いているような恋愛感情なんて、微塵もなくて――やべ、泣きたくなって来た。眠ってる恋人の体を弄って発情するも、虚しさから泣くってどんだけ惨めなんだよ。
じわじわと熱くなる目元を桂馬の肩口に押しつけ、おれは手を下降させた。
どうせ惨めなら、とことん惨めになってやる。
そんなやけっぱちの気持ちで、桂馬の股間へ手を伸ばした瞬間、
「っお、オト、待て!」
切羽詰まった桂馬の声がしたかと思ったら、股間を掴もうとしていた右手首をぎゅっと掴まれた。もぞもぞと桂馬の体が動くのを感じて、おれはそうっと瞼を開けてみた。
そこには幸せそうな寝顔から一転、顔を強ばらせた桂馬がいた。
「……っけ、桂馬……」
「……」
「ご、ごめん、おれ、寝ぼけて、そのっ」
桂馬の強ばった表情に怯んだおれは、言い訳をしながら起き上がろうとした。
けど、桂馬ががっちりおれの右手を掴んでいるせいで、距離を縮められない。
「ごめん、起きてた」
「だから、わざとじゃなくて……え?」
「オトが俺の布団に潜り込んできた時から、起きてたんだ、俺」
「……はあ?! だって、お前っ、超熟睡してたじゃ」
「だから、起きてたんだって。寝てるフリしてたんだよ」
「……マジ?」
うん、と頷く桂馬の視線が、ぎこちなくおれから離れる。
このリアクション……おれのしたことに引いてる、よな。いつもアホみたいに笑うくせに、その元気が全然ねーし。
一瞬吹っ飛んだ目頭の熱さが、戻ってくる。
ヤバい、ただでさえ引かれているのに、めそめそ泣き出したらますます引かれる。
堪えろ、堪えるんだ、八代乙葉!
ぎゅっと唇を噛んで、必死に涙をこらえるおれに、視線を逸らしたまま桂馬が再び口を開く。
「……ごめん」
「っご、ごめんとか、言うな、よ……」
「いや、これはちゃんと謝るべきだ、ごめん、オト」
「だから、謝んなよっ! 余計惨めになるだろ……っ」
苛立ち半分、悲しみ半分で叫ぶおれの体に、桂馬の体がどん、とぶつかってきた。
ぴったりと密着した体とクールミントの匂いに、潤んだ目をぱちぱちと瞬かせるおれの耳を、小さな囁きがくすぐった。
「俺、嬉しいんだ。オトから俺のこと好きって言ってくれて、さっきみたいにその、体を求めてくれて」
「い、嫌じゃ、ないのかよ、お前」
「嫌な訳、ないだろ。俺だって男だ、好きな奴にあんなことされて暢気に寝られる訳がない」
いやいや、今までのこと考えたら寝てるだろ、お前。
そう突っ込もうとして、おれははた、と気がつく。
おれの腹の下で、さっき触れなかった桂馬の股間が昂っていることに。密着しているせいで、余計そのデカさを実感しちまう。
「け、けい、ま……お前……」
「こんなんになってるくせにさ、俺……まだ、ダメなんだ。今、オトを抱きしめるだけで精一杯なんだ。折角、二人きりの夜で、お前が誘ってくれてんのにさ……」
「さ、誘われてるって自覚あったのかよ?!」
「……おぅ」
桂馬の覇気のない声は低くて、いつも以上に色っぽいから困る。
おれはめまいを覚えながら、ぎゅっと桂馬の背中に腕を回した。
「じゃあ花火とか回りくどいことしねーで、『帰りたくない』って言った時に、色々してこいよ、バカ」
「……ごめん、そういう空気に慣れなくて、つい……」
「つい、じゃねえよ。おれがどんだけヤキモキして、落ち込んだと思ってんだよ」
「ごめんって。俺、男と付き合うの初めてだし、前に付き合ってた子からこんな風に体を求められることもなかったから童貞だし」
「それはおれも同じだっての。お前と違って、女の子と付き合ったこともねーけどさ」
「そ、そうなのか。それ、結構嬉しい情報だな」
「バカ。おれはお前の交際遍歴聞く度に地味に傷ついたっつーの」
「ご、ごめん。全然気づかなかった」
「告白する前だったからしょーがねーだろ。つか、さっきから謝ってばっかじゃん。桂馬らしくねーんだよ、もっと違うこと言えっての」
「……オト」
そっと体を離されたかと思うと、桂馬がおれの顔を覗き込んでくる。相変わらず強ばった表情のまんまだけど、吐息は荒いし、おれをまっすぐ見つめる目は潤んでいた。
「俺に、心の準備をさせて欲しい。あと、色々調べる時間も、くれたら助かる」
「……こ、ここまで来てそれ言うのかよ、お前……っ! ここはヤる流れじゃねーのかよっ」
「い、言っただろ?! オトを抱きしめるのが今の俺にできる精一杯なんだっ!」
「じ、じゃあ、おれがリードする。知識も、準備もできてるし」
「準備……してるのか、オト」
「してなかったら、あんな風に大胆に触れないだろ……」
「……そ、そう、だろうが……」
「……」
「……っオト……」
気弱そうにおれの名前を呼んで、ぽす、と胸元に顔を埋めた桂馬が、不覚にも可愛いと思ってしまった。
普段桂馬を見上げてばかりだったから、こうやって見下ろすのすごく新鮮だ。こういうのも、恋人同士の距離だなってしみじみ思う。
「なあ、心の準備、やっぱ必要?」
「……ごめん」
「だから、謝るなって。桂馬がそういう風に考えてくれてるって分かっただけでも、まあ、少しは嬉しいし」
「……」
「次、お前から誘ってくれるの、待ってるから。リードするって言ったけど、おれ……お前に『抱かれる』準備しかしてこなかったからさ」
ぽんぽん、と大きな頭を撫でてやると、桂馬がもぞもぞと動いて顔を上げた。
「分かった。次は……す、少なくともこの夏休み中に、俺から誘う……よう頑張ろう」
「ん。おれも、お前のちんこ受け入れられるよう、もっと頑張るよ」
「っむ、無理はするなよ?!」
「無理も何も、入らなきゃ意味ないしさ。そこは頑張るところじゃん?」
「お、オトって、結構……アレだな」
「言うなよ。これでも結構恥ずかしいんだよ、おれだって」
照れくさくなって顔を背けようとしたら、桂馬の顔が近づいてきて、驚く間もなくキスされた。
でも、それは一瞬の触れ合いで。
「……ごめん、限界近いから、トイレ行っ……おわあっ?!」
そそくさと立ち上がろうとした桂馬に、おれは思い切り抱きついた。
こっちに倒れ込んできた桂馬の胸ぐらを掴み、おれは恥ずかしさを奥歯で噛み締めながらニヤッと笑ってみせた。
「待てよ。おれがやらかしたことだし、責任もってヌいてやるよ。お前のデカいの、ちゃんと見て『勉強』しておきたいしな」
「っ!」
「だから、桂馬も気づかないフリしたお詫びに、ヌくの手伝え」
「マジですか、オトさん……」
「いいだろ? 夜が明けるのはまだまだ先だし、どうせこのままじゃ眠れないんだから」
桂馬の奴、ゆでダコみたいな顔してる。まあ、その目に映ってるおれも、似たようなもんだろうけど。
奥歯でしっかり噛んだ羞恥心が飛び出す前に、おれは固まって動けないでいる桂馬の唇を奪った。
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