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2 絶対、喋んなよ!

「なあ、ねずみ花火してもいい? これめっちゃ好きなんだよ」  おれの二本目の花火が前触れもなく消え去ると同時に、桂馬がウキウキした声を上げる。  おれが返事をする間もなく、鼠花火をぱらぱらと地面にばらまく桂馬の後ろ姿は、出会った時よりも数センチでかくなっただけで、何も変わってない。 「やっぱたくさんあるとワクワクするな!」 「……そうか?」 「よし、火、つい……ったたたたっ?! ちょ、こっち来んなっ!」  くるくる回るねずみ花火が桂馬の足下に寄って行くと、奴はケラケラ笑いながら夜の公園を走り回り始めた。  うわあ、すげー楽しそう。  おれのテンションは、この終わった花火のような葬式モードだよ、チクショウが。  はあ、とおれが大げさにため息を吐いても、鼠花火とキャッキャウフフしてる桂馬には届かない。  夜、二人きりの花火もまあ、ムードとしては悪くないか。  そう期待した十分前のおれの気持ちを返して欲しい。  ……いやいやいや。まだだぞ、八代乙葉。  この一ヶ月間……いや、高校三年間を思い出せ。  ここで拗ねて諦めたら、今までと何も変わらない。  まだ、いいムードを作る手段はある。  おれはうんともすんとも言わなくなった手持ち花火をバケツに突っ込むと、ケラケラ笑い続けてる桂馬の方を振り返った。 「桂馬」 「はー、面白かった。よし、次はロケット花火かな〜」 「ま、待って! 次は線香花火をしよう!」  またムードぶちこわしの花火を持ち出そうとする桂馬の前に、おれはすかさず線香花火を突きつけた。 「ん? 線香花火はシメだろ。まだロケット花火も吹き出し花火もしてねーし、手持ちだって一杯残ってるじゃん」 「い、いいだろ、たまにはこういうタイミングでもさ。それにおれ、この花火が一番好きだし、楽しみにしてたんだよ」 「え、マジか。初耳だ」  まあ、初耳だろうな。  二人きりで花火するの初めてだし、友達とやってた時は、桂馬を始めとするみんなが盛り上がる中、おれはひっそりと手持ち花火してたくらいだし。  今、こうやって二人きりで、『恋人』として花火できるって、あの頃のおれからすれば、妄想の世界の話、だったんだよな。  なんてしみじみしてたら、おれの右手からす、と線香花火が一本抜き取られた。 「じゃあ、何賭ける?」  ひらひらと線香花火を振りながら、桂馬が首を傾げる。  線香花火で賭け事って、またムードに欠けることを……と思ったけど、桂馬はじっとしてるのが苦手だし、こういう食いつく要素が必要なんだよな。 「別に何でも良いよ、桂馬が決めろよ。その代わり、おれから一個ルール追加してもいい?」 「お、何だよ」 「自分の線香花火が終わるまで、絶対喋らないこと。喋らなかったら、その他は何してもいいってことで」 「その他って、何?」 「……ち、近づいたり、相手に触ったり……とか、そういうこと」  くそ、自分で言っていて恥ずかしい。  こんなんで恥じらうな、アナル弄ってる時のほうが何倍も恥ずかしいだろ。 「おー、なるほど! 妨害オッケーってことか。おもしれーじゃん、いいぜっ! じゃあ、負けたらアイスを奢るってことで」 「ん、それでいいよ。その代わり、絶対喋んなよ、喋ったら負けだからな」  念押しするおれに、桂馬は無邪気な笑顔で「おうっ!」と明るく返事をした。 **  二人分の線香花火が揺れる中、ようやくおれの耳に夜の音が聞こえてきた。  ちら、と桂馬の方を見れば、意外にも奴は真剣な眼差しで小さな輝きを見つめている。おれが追加したルールを利用して、早速妨害してくるかと思ったのに、動く素振りすら見せない。  そう言う顔して黙ってると、脳筋の桂馬がすげー賢そうに見えてカッコいい。  いや、もちろん、普段の桂馬も好きだし、カッコいいとも思ってる。  いつもバカみたいに笑って、どんなにくだらないことでも全力で楽しむ桂馬。おれはそんな桂馬を間近で見ていて、「毎回よくやるな」と呆れながらも、惹かれずにはいられなかった。  今だって、そうだ。  すげー心臓がうるさくて、線香花火の儚げな音が全然聞こえない。  落ち着け、八代乙葉。喋らなければ他は何をしても良いルール発動中の今、いい雰囲気を作る好機だ。  桂馬が動かないんなら、おれから先制攻撃するまでだ。  賭けに勝つつもりなんてない。おれの目的は、アイスより『愛する』ことなんだから。  ごく、と喉をならし、おれはじりじりと桂馬との距離を詰めた。  じゃり、とスニーカーが地面を擦る音、左耳にぶら下がるリングのピアスが微かに震える感覚がやけに大きく感じる。  でも、桂馬はぴくりとも動かず、右耳に下がるおれと色違いのピアスも揺れない。  ツバを飲み込み、おれはそっと桂馬の右腕に寄りかかってみた。  日に焼けた肌はしっとりと汗で濡れていて、触っているだけで変な気分になりそうだ。  ドキドキしながらその肌の表面をなぞるように撫でていると、「ぶふっ」と変な声が上がった。  その声にはた、としておれが桂馬を見てみると、いつの間にか奴は俯いて、ぷるぷると小刻みに震えている。 「……っ」  何かを堪えるよう左手で顔を覆っている桂馬を見つめていると、おれの中のドキドキの音色がより一層大きくなった。  これは……来た!  待ち望んでいた瞬間が、今、ここに……! 「桂……」  次の瞬間、上擦るおれの声を掻き消したのは、桂馬から放たれた「ぶあっくしょん!」という野太いクシャミ。それは容赦なく二人分の線香花火の輝きを一消しした。 「「あ」」  おれと桂馬の、声と視線が重なる。  一瞬、吹き飛ばされたドキドキが戻ってくる気配がしたものの、 「いやー、参った参った! 笑い通り越してクシャミ出ちまったぜ、アハハ!」 「わ、笑い……って」 「くすぐってきたじゃん、こしょこしょってさ。オトが珍しくあんな提案してきたからさ、どんなことしてくるんだろって思って待ってたんだよ。くすぐってきた時は、『そういう系でせめて来たか〜』って思ってたんだけど、お前のくすぐり方、すげーツボだわ。もー、笑うの堪えるの、大変だったぜ〜」  言いながら、ケラケラ笑い始める桂馬に、おれはがっくりと項垂れた。  腕に寄りかかって来た恋人のスキンシップを笑い飛ばすんじゃねえ、チクショウが。あれはくすぐりじゃなくて、おれなりのアピールだったんだよ! 分かりにくくて悪かったな、ばかばかばーーか!! 「……帰る」 「え、帰る? まだ花火残ってんぞ」 「疲れたし、もう眠いから帰る」 「マジ? ほんと体力ねーよな、オトって」 「悪かったな。筋肉馬鹿のお前と違っておれは繊細な生き物なんだよ。やりたいなら桂馬一人でやれよ」 「オトがいなきゃやる意味ねーし、お開きでもいいけどさ。あ、俺が負けたからアイス奢ってやるよ、コンビニに」 「いらねー」 「? 何怒ってるんだ、オト」 「知るか、バカ。とにかく、おれ、もう帰るから。じゃ」  ガキじみた拗ね方だと分かっていても、頬を膨らませずにはいられない。  おれが勢い良く立ち上がり、踵を返した時、右手首をぐいっと後ろへ引っ張られた。 「帰るって、お前、今日は帰らないんだろ?」 「……そのつもりだったけど、やっぱり帰」 「終電終わってるじゃん」 「……歩いて帰」 「いやいや、俺んち泊まればいい話じゃん。ついでに、アイスも奢るからさっ」  な、とおれの顔を覗き込みながら、ぽんぽんと肩を叩いてくる桂馬。その締まりのない笑顔からは、おれの本心を察した様子はない。  その笑顔が無性に腹立たしいと同時に、愛おしいと思ってしまうのが悔しい。  花火では失敗したが、泊まりなら否応無しにそういう雰囲気にならざるを得ない、はず! ここで諦めてたまるかあ!

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