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ドは奴隷のド
「椿屋いる?」
モヤモヤと白い煙が充満する喫煙所を覗く男性。
「お断りします」
タバコを手にした男性が直ぐに答える。
「ちょ、まだ、何も言ってないけど?」
苦笑いで男性が近付いてくる。
「タバコ吸わない人がわざわざココに俺を探しに来るって言うのは頼み事があるからです」
「椿屋……お前、本当……勘がいいというか推理力があるというか」
ズバリと指摘され、苦笑いが本気の笑いへと変わる。
「誉めてくださってどうも」
椿屋と呼ばれた男性は頭を深々下げる。
「止めろ笑うから」
「どうせ、断ってももう決まっている事と思いますが何か用ですか?」
椿屋は心の中で『アンタの心の声、かなり遠くから聞こえてたからね』と呟く。
「そうなんだ!もう決定事項なんだ」
男性はえへへと笑う。
この男性は椿屋が所属する雑誌の編集部の先輩で神田。かんだと書いてごうだ。某アニメのガキ大将と同じ名前。
「人気作家の伊佐坂壇十郎の担当をお願いします」
神田はペコリと頭を下げる。
「また……泣いて辞めたんですか?」
「その通りなんだ」
また、えへへと笑う。
「気難しいというか……編集泣かせというか」
この神田が言う伊佐坂壇十郎というのはかなりの人気作家で本は発売されれば瞬く間に売れてしまい、ドラマ化や映画化までなる人気っぷり。
伊佐坂壇十郎という堅い名前なのに女性ファンが多い恋愛小説家。
神田が言う通り、本当に編集泣かせなのだ。実際、泣きながら「俺、もう辞めます」と担当になった者達が辞めて行くのだ。
「何で俺なんですか?先輩でも良くないですか?」
「……うーん、俺じゃダメなんだよね」
神田は両腕を組んで頷いている。
「どうして?」
「イケメンじゃないから」
「は?」
「伊佐坂先生はイケメンじゃないとイジメるんだよ!この前、自ら担当になりたいです!って張り切った新人は俺から見たら可愛いと思うんだよ、うん……可愛かった……と思う……でも、残念な結果に」
神田は今度はうへへと笑う。
「椿屋はさ、モデルとか前やってたじゃん?ウチの会社の連中が合コンにはお前は絶対に呼びたくないってくらいにイケメンじゃん?去年、バレンタインのチョコを紙袋4袋だっけ?貰ってさ、ちくしょうめ!!」
「先輩、チョコ好きだったんですか?あげれば良かったですね、俺、甘いモノ嫌いなんで社の野郎共に配りましたけど」
「えっ?まじ?俺、貰ってない!!」
神田の顔が悲しそうで椿屋は「すみません、次回からは先輩にあげますね」と答える。
「ありがとう……あ、話それた」
お前がそらしたんだよ。と突っ込みを入れたい椿屋。
「明日から担当をお願い」
「俺、他にも担当持ってるんでお断りします」
「あ!大丈夫、ハルカちゃんに頼んだから」
まあ、そう来るだろうと思ってたけどね。と椿屋はまた心で呟く。
もう決定事項なのだと知ってはいる。
この神田の心のボヤキがずっとしていたから。
椿屋には他人には聞こえない声。
つまり心の声が聞こえるのだ。
物心ついた頃からその声は聞こえていて、親が何を言ってくるか先に分かるものだから優秀な良い子で親の自慢。
学校のテストだって、答えを先生が呟いてくれるものだから成績優秀。
ダダ漏れな声を聞くものだから、もちろん嫌な事も聞く。
でも、それはそれで仕方ないと割り切れてたし、気にはしなかった。
テストも答えを聞けちゃうからとか罪悪感とかは芽生えなかった。
これも才能だろ?的なポジティブな考えで乗り切ってきた。なので、伊佐坂壇十郎の担当は決定事項なのだ。
「俺、作品は読んだ事あるんですけど、会った事ないんですよね……メディアにも出ないから顔を知らない。オッサンですか?」
「いいや……若い」
「へえ……名前渋いからオッサンかと思った」
「会ったらビックリするぞ」
神田はそう言ってあははと笑った。
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