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プロローグ
身体を揺すられた。
「……ぅ」
なんか、いっぱい痛い。アッチもコッチもズキズキする。
「ああ、痛かったね。ごめん」
ぼくは目を開けた。
心配そうなユキヤ。
「ついたよ。降りて」
ユキヤが言うから、車からおりる。
おりるだけなのに、また痛い。
ユキヤがぼくの手にぎった。ぼくもにぎる。周りを見る。……ぜんぜん知らないトコだ。
車はでかい家の前にとまってる。わあカッコイイ家 だぁ。
まわりの芝生もひろーい。おお、みちもひろーい。けど
……誰もいないや。
ずーっとむこうまで、おっきな家。ひろい庭。ひろい道。ひろい空。ときどき緑の木。
それだけ。マンションとかビルとかなくて、ぜんぶ低くてお空がひろい。
ひろいからいっぱい走れそう。でもひとりじゃ楽しくないだろうなあ。
いつも遊んでた……あれ、誰だっけ。遊んでた……子がいた、はずなんだけど。
それにかたほうの目がなんかヘン。ぐいぐいこすったけどヘンなまま。
……まあいいや。あちこち痛いし。
ぼーっとしてたら、手が少しひっぱられた。ぼくはユキヤを見て聞いた。
「ここ、どこ?」
ユキヤは笑って「マンチェスターだよ」って言った。
………どこそれ。
「行こうか」
ユキヤがあるいてく。手つないでるから、ぼくもついてく。
ベルの音。ドアあいた。
黒い髪、おっきいおばさん。ガイジンだぁ。目も口も鼻もおっきい。
絵本で読んだ、魔法使いのおばあさんみたい。
おばさんはおっきい口と緑の目がニッコリして、すぐしゃがんで、ぼくをギュウってした。
……ちょっと、痛いよ、やめて。
けどじっとしてた。
『ジュン、待ってたわ。良く来たわね』
英語だ。お母さんとおなじ。けど誰だろ。
わけ分かんないからユキヤ見る。
ユキヤはニコニコしてた。じゃあ大丈夫なのかな、と思う。また見たおばさんもニコニコ。
『私のことはマウラと呼んで。さあ、お入りなさい。疲れたでしょう』
『マウラ……おばさん?』
『あら、おばさんじゃないわよ! マウラ。それだけでいいの。分かった?』
マウラは頭をちょっとなでた。おいでおいでして中に入って、少し行ったトコでニコニコ待ってる。
ぼくはもう一回ユキヤを見た。
ユキヤは、うん、て笑って手を離したから、そうかぁ、と思ってマウラについてく。
中もひろーい。うちと違う。……うちはもっと……あれ?
うちってどんなだったっけ。
ぼーっとしてたら『こっちよ、ジュン』マウラの声。
顔上げたらマウラが部屋のドア開けて待ってた。ぼくはそこから入る。
大きなテーブル。椅子がたくさんあった。テーブルの上に、おいしそうなお菓子。
おっきなお皿に、やまほど。
マウラを見たら、ニッコリ笑って椅子ひとつ引いた。
『ほら、お座りなさい。私が焼いたスコーンよ。食べなさい』
振り返ると、ユキヤはニコニコで、うん、てした。じゃあ大丈夫か。
ぼくは椅子に座った。お菓子はあったかい。ぱくって食べる。
うわあ、おいしい。さっくさくでほっかほか。僕はあっという間にひとつ食べた。もう一個食べる。おいしい~。
『あら、気に入ってくれた? よかったわ、たくさんお食べなさい』
マウラが言ったから、ぼくはもうひとつ食べる。ほっかほか。けどお腹はそんな空いてない。
前も誰かが、こんな風にあったかいお菓子をくれた、気がする。……誰だっけ。
コトン、て目の前に青いカップ。マウラが笑ってる。
『ココアよ。熱いから気をつけて。たくさん食べていいのよ』
ぼくはカップを持った。ふーふーして口つけた。熱い。
――――たくさん食べてね、ジュン
誰かの声。やさしい声。誰だろ……分かんない。
ぼーっとしてたらココアがくちの中に入っちゃった。やっぱ熱い。けど、それより……。
なんか、なんか、分かんない……分かんないと……ダメな気がする。
いつのまにかユキヤとマウラと、なんか難しい話してる。二人とも恐い顔。
それよりちょっとやけどしたかも。舌だしてレロレロした。
……どうでもいい。それより、なんか……
ぼくは食べた。
たくさん。食べなきゃ。たくさん。
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