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18、本能の声
「そ……そんなもの……舐めるなっ……!」
「どうしてです? すごく甘いですよ、蓮さまのこれ……」
御門は蓮の体液を舐め取ったあと、くたりと蓮の肩口に顔を埋め、湧き上がる欲望をいなすように、細く長いため息をついた。
「……あぁ……もう、まじでかわいい……落ち着け俺……」
「や、やめろよ、そんなこと言うの……」
「あなたが可愛すぎて……もう、俺……」
御門が眉根を寄せるのを見て、蓮ははっとした。
ヒートを起こしているというのに、御門は蓮に気を遣ってばかり。スラックスの股座は完全に張り詰めていて、いかにも苦しげである。
蓮は、肘をついてゆっくりと身体を起こし、未だにきっちりと着衣を身にまとったままの御門を、じっと見つめた。
「……苦しそうだ。君だって」
「あ……いや、俺は大丈夫ですから。」
「大丈夫なわけないだろ。その……僕が、するから……」
「えっ!? そんなの、だめですよ!」
「いいから、脱げ。……見たいんだ、君の身体を……」
「は、はい……分かりました」
御門は熱に浮かされたような声でそう呟くと、ノットに指を差し込んでしゅるりとネクタイを緩め、ワイシャツを脱ぎ捨てた。
その眩しいほどに見事な肉体を目の当たりにして、蓮は思わず感嘆のため息をついた。
筋肉増強剤で拵 えた偽物ではない。御門の肉体は、本物のアルファの雄々しさを秘めた、美しく精悍な肉体だった。バランスよく引き締まった逆三角形の肉体の前で、偽物のアルファを気取っていた己の肉体を晒すことが、途方もなく恥ずかしいことのように思えてしまう。
身体を見られたくなくて、蓮は羽織っただけのワイシャツの前をかき合わせる。そのまま背を向けてしまいたかったが、不意に御門に腕を引かれてぎょっとする。しかしその動揺を隠すように、蓮は薄笑みを浮かべた。
「……いい身体をしてるな。さすがはアルファだ」
「蓮さまも、脱いでください」
「……えっ!? そ、それは……」
「下、濡れてて気持ち悪くありませんか」
「……う」
「……それに俺、もっとちゃんと、見てみたいです。蓮さまの身体を」
「でも……」
蓮が逡巡していると、御門はぐっと身を乗り出し、蓮の額にキスをした。そして、甘やかな低音で「俺に、ちゃんと見せてください」と囁きながら、許可をねだるような表情で微笑みかけてくる。そんな顔をされてしまっては、蓮も弱い。恥ずかしさを必死に堪えながら、「……わかったよ」と小さく呟いた。
御門によって下を暴かれ、ほっそりと引き締まった白い脚が露わになった。御門の逞しい肉体を前にすると、己の肉体のなんと弱々しいことか。恥じ入るように膝を抱え込もうとしたけれど、それはすぐに御門によって阻まれてしまった。
日に焼けた御門の手が、蓮の脚に触れる。膝から太ももへと這い上がってくる御門の手の感触に、蓮はぶるりと身震いをした。くすぐったさと、気恥ずかしさと、快感……それらが複雑に混ざり合い、蓮は混乱のあまり目を伏せた。
「あ……あんまり見るな!」
「どうしてです。……すごく、きれいだ」
「きれいなもんか。……こんな、中途半端な身体なんて」
「何をおっしゃるんですか。本当にきれいです。こんなに美しいものが、この世にあっただなんて……」
「大げさだな。僕は……そんな、いいものじゃないよ」
「そんなことないですよ! ……こんなにも美しい人に、俺なんかが触れていていいのかって、思ってしまいます」
「ん……」
御門は蓮の太腿を愛おしげに撫でながら、蓮の首筋に唇を寄せた。そして、何度も何度も「美しい、きれいだ」と口にする。慈しむような優しい口調で褒めそやされて、蓮はなぜだか泣きたい気持ちになってきた。
これまでずっと、蓮は『偽物のアルファ』だった。どれだけ必死にアルファの顔をしていたとしても、薬の力に頼って作り上げてきただけの、まやかしの『アルファ』でしかなかった。
葵に真実を告げてから、徐々に薬を減らし始めた結果、蓮の身体は少しずつ少しずつ、ほっそりと痩せ始めている。しかし、これが蓮にとっての真実だ。筋肉の落ちた今の身体こそ、オメガとしての、本来の自分の肉体。それが情けなくて、不甲斐なくて、アルファにもなれず、オメガにもなりきれない自分を許せなかった。御門にも、幻滅されると思っていた。
なのに、御門はそんな蓮の肉体を美しいと言ってくれる。自分自身で受け入れられなかったものを、こうも愛おしげに抱きとめられて、嬉しくてたまらない。
なのに、どうしていいか分からない。蓮は顔を横に倒して御門から目をそらし、ちょっと居丈高な口調でこう言った。
「……きれいだの、かわいいだの……お前は僕をどうしたいんだ。ふざけるな」
「す、すみません。つい」
照れ臭くて、ついつい口調が刺々しいものになる。しかし御門は、それに動じる様子もない。
これまでは、蓮が厳しい声を上げれば、怯えたように身を竦ませていたくせに。今はまるで、幼子を甘やかすかのような微笑みを浮かべるばかり。
「ん……」
また自然と重なる唇に、蓮はうっとりと目を閉じた。ついさっき達したばかりだというのに、軽くキスをされるだけでこんなにも身体が疼く。御門の首に腕を絡めて舌を絡めあっているうち、もぞりと御門が腰を揺らめかせた。
「あ……っ……」
「……すみません、そろそろ限界で……。俺も一緒に、いいですか?」
「ぅあ……」
少し下げられたスラックスの中から、御門の怒張がそそり立っている。血管が浮くほどに熱を宿した興奮状態のアルファのペニスに、蓮はごくりと喉を鳴らした。
鈴口から溢れる透明な体液で、御門の屹立は淫靡に濡れている。濃く雄々しいアルファフェロモンが、より一層強く香りたつようだった。ぐらりと視界が歪むほどの御門の色香に、蓮はまた熱いため息を漏らした。
「……すごい……」
「いやじゃないですか……こんなものを見るのは」
「……いやじゃ、ない……はぁっ……は……っ」
「……興奮してくれてるんですか? ……蓮さま」
「あっ……!」
あっという間に硬さを取り戻していたペニスを擦り上げられ、蓮は思わず背中をしならせのけぞった。仰いた蓮の顎や喉に食らいつくようなキスをしながら、御門はくちくちとあえてのように水音を立てながら、蓮のペニスを激しく扱く。
「あ! ぁあ、ンっ……! みかどっ……」
「陽仁と呼んでください。蓮さま」
「ぁ、あっ……!! はるひと……っ、待っ……あぁ、あんっ……」
「ん……はぁっ……は……やばい……俺……っ」
御門は蓮のものとじぶんのものをひとまとめに握りこむと、より速度を上げて扱き始めた。
御門の生々しい熱、そして切羽詰まった御門の吐息や声色に、蓮の屹立もさらに硬く反り返る。
「はぁっ……蓮さま……蓮、さま……っ……」
「あぁ、あっ……ぁンっ……ん、っ……!!」
「はぁ……はぁっ……ぁ、あっ……」
いつしか御門の肌にも汗が浮かんで、日に焼けた瑞々しい肌がしっとりと艶めき始めた。蓮は我を忘れて御門の愛撫に酔いしれながら、押し殺すことも忘れて喘ぎ声を上げ、再びせり上がってくるあの予感にふるりと震えた。
「はる、ひと……っ……もう、」
「あ、ぁ……イキそ……蓮さま……おれも、イきそうです……っ」
「ん、ぁ、あっ……!! ァん、んんんっ……!!」
蓮が達するのと同時に、御門も白濁を放っていた。蓮は御門の背中に爪を立て、はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返す。
御門もまた、蓮を強く抱きしめながら、蓮の肩口に鼻先を押し当てて、逞しい胸を上下していた。やがて御門は顔を上げると、蓮の胸や、御門の手のひらをとろりと濡らすふたりぶんの体液を見つめて、困ったような顔でちょっと笑った。
「……すみません。こんなに……」
「ん……ふぅ……っ」
射精したというのに、甘い疼きがまるで引かない。立て続けに興奮を煽られてしまったせいか、蓮の本能には、すっかり火がついてしまったらしい。
蓮はただただ、浅い呼吸を繰り返しながら御門を見上げ、身体の奥から湧き上がってくる濁流のような激しい予感に、ゆるゆると首を振った。
「蓮さま……? どうしましたか?」
「……ぁ、う……くらくら、して……」
「えっ、だ、大丈夫ですか……!?」
「はる、ひと……どうしよう……。身体が……あつい……」
蓮がかすれた声でそう言うと、御門はごくりと喉を鳴らした。蓮の火照りに同調するように、御門の表情もじわじわと変わっていく。
御門は、蓮の白い下腹を濡らす体液をなぞるように、へそから下生えのあたりにまで指を這わせた。そして蓮の膝頭を軽く押し開き、ゆっくりと脚を開かせてゆく。
「やっ……! なにを……っ」
「ここ……こんなに濡れて」
「あっ……み、みるな……っ、ばかっ……!!」
雄のアルファを受け入れるために、性交時、オメガの生植孔はねっとりとした分泌液で潤う。御門の指先が、愛液に濡れた蓮のそこを、くるくると撫で回した。
撫でられるだけで、とろけるような快感が迸る。自分で慰めていた時とはまるで違う感覚だ。溢れんばかりの甘い蜜が、御門を奥へと誘っている。これがオメガの本能か——霞みゆく意識の中、蓮は己の肉体の欲深さに、恐ろしささえ覚えていた。
「はぁっ……はぁっ……はるひと……っ……僕は、どうしたら……」
「これが本物のヒートなんだと思います。……大丈夫、おかしいことじゃない。怖くありませんから」
「でも、でもっ……ぼくは、こんな自分……知らないっ……!」
胸を焼くような性的な熱が、蓮の中で暴れている。御門の雄が欲しくて欲しくてたまらない。頭がおかしくなりそうなほどに、快楽を求めて思考がぐらつく。
心細さのあまり、蓮は御門の方へ手を伸ばした。するとすぐにしっかりと手を握られ、優しく頭を撫でられた。
「……俺を、見て」
「ぁ、う……」
「蓮さまは、蓮さまですよ。大丈夫です。俺がいる」
「……あ……」
御門にゆったりと口付けられ、泥沼のような恐怖から、少し抜け出せたような気がした。蓮はとろんととろけた瞳で御門を見上げながら、震える唇で何度も「こわい、こわいんだ……」と呟いた。その度に、御門は優しく蓮に微笑みかけながら「大丈夫」と伝え続ける。
そうしているうちに、ようやく蓮の呼吸も落ち着きを取り戻し始めた。しかし、御門を欲して荒ぶる肉体はどうにもならない。御門にもっと深く愛されたい、御門の精を注いで欲しい――欲に濡れた願望は募るばかりだが、それを口では言えなくて、もどかしくてたまらない。
もう引き返しようのないほどに、蓮の本能は激しく燃え盛っていた。
ようやく触れ合うことのできた『魂の番』を、もう二度と離してなるものかと、本能が叫んでいる。
「はるひと……」
「……今、蓮さまがどんな表情で俺を見ているか、分かりますか?」
「え……」
「欲しいんですね? ここに……」
「あ!! ぁんっ……!! やぁっ……!!」
つぷ……と差し込まれる指の感触だけで、絶頂しそうになるほどの快感だ。分泌液で柔らかく濡れたそこを浅くかき乱され、蓮は腰を跳ね上げて身悶える。
「やだ、いやだ……っ……ぁ、あンっ……!!」
「俺の指を、こんなに美味そうに飲み込んでるのに……? 本当に、いやですか?」
「あ、あ、ぁん、」
「本当にいやなら、俺をもっと拒絶してください。じゃないと、もう……俺、耐えられません」
指が増える。御門の長い指がさらに奥のほうへと挿入され、さっきよりも激しく抽送される。
前を扱かれるのとは、まるで異なる深い深い快楽に、腰が上下に揺れてしまう。ぬぷ、ちゅぷ……といやらしい水音に攻め立てられ、蓮は腰をよじってシーツを握り締めながら、「ぁ、あ、ああん、んっ」と前後もなく乱れ狂った。すると御門の唇がまた蓮の胸の尖へと寄せられて、ぬるりと濡れた舌先で、さらなる快楽を与えられ……。
「ぅあぁ……っ……!!」
――欲しい。欲しい。欲しい。欲しい……!
「……挿れて……くれ……」
「……へっ?」
「……もう、指じゃ足りない……だから……!」
「蓮さま……」
羞恥のあまり溢れそうになる涙をぐっと堪えて、蓮はおずおずと御門を見上げてみた。
すると、御門の方がずっとずっと泣き出しそうな顔をして、蓮を潤んだ瞳で見つめている。
「ほ、本当に、いいんですか……?」
「い……いいと言ってるだろ……! もう、待てない……はやくっ……」
「……う……」
蓮の言葉に、御門の瞳がより一層きらめく。
御門は蓮の方へ身を寄せると、火照って艶めく蓮の赤い唇に、ふわりと優しいキスをした。
軽いキスが、徐々徐々に濃度を増す。次第に激しさを増す御門の動きに煽られて、蓮も夢中で御門と舌を絡め合った。貪るようなキスに溺れていると、ふと、後孔に硬く猛々しい熱を感じて、蓮はふと目を開いた。
「陽仁……」
「……愛しています。蓮さま」
これまで頑なにぬくもりを拒絶していた蓮の中へ、御門の昂りが入ってくる。
「ん、ぁ……っ……!」
「愛しています。……これまでも、これからも……ずっと……」
「ぁ、ああっ……ぁン……っ!!」
広い背中に爪を立て、ぎゅっと固く目を閉じて、蓮は御門の身体に縋り付いた。
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