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17、少しずつ

 執務室の上階にあるプライベートルームへ、蓮は御門を連れてゆくことにした。  肩に羽織らされた御門のジャケットは、思っていたよりもずっと大きかった。ジャケットの上から蓮の肩を抱く御門の手の輪郭、歩くたびに肌を擦るワイシャツの感触に官能を甘く刺激され、蓮の吐息は熱を増す一方だ。  ふらつきながら部屋へ戻ると、電気をつける間もなく、御門に強く強く抱きすくめられる。  暗がりの中で抱きしめられて御門の表情が見えず、蓮は不意に恐ろしくなった。  御門も政親と同じように、オスのアルファの本能をむき出しにして蓮を襲うのではないか――そういう不安が湧き上がる。ついさっきまでは紳士的な態度を貫けていたけれど、もう我慢の限界なのではないかと。  しかし、ここで御門を拒絶してはいけないような気がして、蓮は何も言えなかった。それに、このまま御門に身を委ねていれば、いつしか蓮の理性も発情のうちに消え失せて、気づけばことが終わっているのではないかとも思った。  それならそれでもいい。そうでもしなければ、自分はいつまでたっても御門を受け入れる事ができない気がする。それならば、いっそ恐怖には蓋をして、性の快楽に飲み込まれてしまえばいい……蓮は高ぶる肉体に反して竦んでゆく心を押し殺そうと、固く固く目を閉じる。 「……すみません……」 「えっ……?」  諦めにも似た感情を胸に抱き始めていた蓮の耳元で、御門がため息交じりに囁いた。御門は蓮の上腕を掴んでゆっくりと身を離すと、はぁ、はぁ……とひどくつらそうに息を吐いた。 「この部屋……すごく、蓮さまの匂いがして。もう……俺……っ」 「……御門」 「あ! でも、大丈夫ですから! 電気、どこですか?」 「……」  暗闇に目が慣れてくると、間近に見えるのは、御門の切なげに歪んだ表情である。御門がヒートを起こしているのは一目瞭然だが、蓮のためにと必死で欲求を押し殺し、無理に笑おうとしているのだろう。御門の頬はひどく火照って、呼吸も浅い。蓮の腕を掴む指先も、小さく震えているという状態だ。  ここまでして、蓮の身を慮ってくれている……御門の健気さに、蓮の胸は甘く甘く高鳴った。  蓮は自ら腕を伸ばして御門の手首を握ると、暗い部屋の中をゆっくりと進み始めた。  リビングの大きな窓からは、燦然と輝く夜景が見渡せる。真っ暗な部屋の中、夜闇を彩るきらめく光が、しんとした部屋の中をぼんやりと浮かび上がらせている。 「蓮さま……?」 「寝室はこっちだ」 「えっ……」  蓮はそこを通り抜け、御門をベッドルームへと招き入れた。戸惑いがちについてくる御門の硬い手首を掴んだまま、蓮は密かに深呼吸をする。身を強張らせる緊張と、それに相反して燃え上がる欲を、落ち着かせるために。  寝室に入ると、壁際に置かれた間接照明に、自動的に明かりが灯る。ほの暗い部屋の中、ベッドだけが白く浮かび上がる空間で、蓮は御門の方へゆっくりと向き直った。  ひたむきに蓮を見つめる御門の瞳に、魂を揺さぶられる。まっすぐに蓮を射抜く力強い眼差しと、蓮の本能を甘くくすぐるアルファフェロモンの匂いに誘われて、蓮は一歩、二歩と御門に歩み寄った。 「……練習、してくれるんだろ?」 「蓮さま……」  たくましい胸筋に触れてみる。頼もしく、厚みのある肉体だ。  空想の中で、何度も何度もこの身体に抱かれ、どうしようもない状況の中でもがく自分を慰めてきた。だが、今目の前にいる御門は、生身を持ったリアルな存在で……。 「……んっ……」  不意に腰を抱きとられ、唇が重なった。思わず口を小さく開けば、さらにキスが深くなる。角度を変え、緩急をつけて唇を愛撫されるうち、そこから湧き上がる甘やかな快楽に、脳が徐々に痺れてゆく。  ――唇同士を触れ合わせるだけだというのに、どうしてこんなにも気持ちがいいんだろう……。  御門の濡れた唇、唾液の味、甘い吐息……それらはじわじわと蓮の本能を呼び覚まし、抗いがたい欲望に火を灯す。蓮はおずおずと手を伸ばして、御門の背に両腕を回した。その拍子に、熱く濡れた何かが、蓮の口内に忍び込んで来る。 「ん……、っ……」 「好きです……あなたが」 「ぁ……ふ……」  御門の舌が、蓮の柔らかな粘膜をゆったりと撫ぜ回す。慣れない感触に、始めは思わず身を竦ませた蓮であったが、御門は蓮のうなじを優しく撫で、金色の髪に指を絡めながら、ゆっくりとした動きで蓮の中へと入ってきた。その動きがあまりに淫らで、あまりにも気持ちが良くて、蓮は思わずよろめいてしまった。  蓮がベッドに腰を落としてしまうと、御門はそのままゆっくりと、蓮をベッドに横たえた。そしてうっとりした表情で蓮を見下ろしつつ、そっと、ボタンの飛んだ蓮のワイシャツの下に、指を這わせる。 「ぁ……っ……!」 「……怖くないですか?」 「だ……大丈夫……」 「きれいな肌ですね。夢みたいだ、蓮さまに、こうして触れることができるなんて……」  御門は目を細めて微笑むと、横たわった蓮の髪の毛に指を絡め、遠慮がちに頭を撫でた。誰かに頭を撫でられるなど初めての経験だ。血など通っているはずもないのに、髪を梳かれるだけでうっとりするほどに気持ちがよく、蓮はまつげを震わせて御門を見上げた。 「……はぁ……っ……」 「もっと、キスしてもいいですか?」 「……ん、っ……うん……」  こくこくと小刻みに頷くと、御門は甘やかな笑みを浮かべて、蓮の唇をキスで塞いだ。そしてもう一度挿入された御門の舌に、蓮はおずおずと舌を寄せ、御門のキスに応えようと自ら口を開いてみる。するとさらに御門の愛撫が深くなり、上顎や頰の粘膜を撫でられ、途方もなく淫らな動きで舌を絡め取られ……とろけるような快楽に、蓮はしばし全てを忘れていた。 「ん……ふぅ……っ……ン……」 「……気持ちいいですか?」 「ぁ……うん……ん」 「俺も、泣きそうになるくらい気持ちいいです。……蓮さまのキス、すごく甘くて、かわいくて……」  御門は吐息の隙間に、掠れた声でそう囁く。ふと唇が離れたことで、蓮はようやく、自分が行為に溺れていたのだということに気がついた。  御門の指先が蓮の上半身を撫で始める。手のひらで背中や腰を撫でられるだけで、思わず背中をのけぞらせてしまうほどに心地がいい。ゆったりとしたキスを交わしながらそうしていると、今度は、御門の指先が蓮の胸の方へと伸ばされた。 「ぁ、ああっ! ……んっ……待っ……!」 「……いや、ですか……?」  さわ……と指の腹でかすかに先端を撫で上げられるだけで、びりびりと痺れるような快感が蓮を襲う。自分では触れたこともない場所だというのに、ほんのりと触れられただけで達してしまいそうなほどの刺激に目が眩んだ。  御門はひりつくような表情で蓮を見つめながら、指先でふにふにと蓮の乳首を撫でている。たったそれだけのことであられもなく身悶えている自分が恥ずかしく、蓮は御門の手首を掴んで首を振った。 「や、めろ……!! そんなとこっ……」 「指だと、強すぎますか? これなら、どうです……?」 「え……ぁ、っ……!! あ、あっ……ん」  ちゅく……と御門の唇が、蓮の薄桃色の尖に触れる。ねっとりと濡れた唇が、蓮の敏感なそこを柔らかく吸い、ぬるりと濡れた舌が輪郭を辿る。指とは比べ物にならないほどのいやらしい感触に、蓮は小さな悲鳴をあげた。 「ぁ!! ……や、やめ……っ……ん、んっ……!」 「やめて、欲しいですか……?」 「ぁう、っ……! ……ん、んぅ……っ!」  そう言いつつも、御門はなおも舌先で蓮の乳首を舐め転がし、もう片方の指先で、固く尖ったそれをくにくにと弄ぶ。堪えようの無い喘ぎを聞かれたくなくて、蓮は両手で口を覆い、必死に声を押し殺した。しかし御門は、そんな蓮の手首を掴んでシーツの上に縫いとめると、雄の色香漂う表情で、熱っぽくこう言った。 「声、聞かせてください」 「い、いやだっ……こんな、」 「本当にいや……? やめてほしいですか?」 「……っ……それは……」 「蓮さまのここ、もう……こんなになってるのに?」  御門はするりと蓮のベルトに指をかけ、スラックスのホックを片手で外した。蓮はふるふると首を振り、「み、見るな……!!」と御門を突き放そうとする。が、そんな抵抗をも御門の手に握り込まれ、指先へのキスで動きを封じられた。 「……触るだけなら、いいですか? 一回出さないと、つらいでしょう?」 「やっ……ァっ……!!」 「ほら……こんなに涎を垂らして、下着を濡らしてる」  その言葉に、わずかに残っていた羞恥心が燃え上がる。蓮は顔を真っ赤にして、御門を叱った。 「や、やめろ馬鹿っ……!!」 「ほんとに、やめて欲しいですか?」 「そ……れは……」 「あなたをイかせたいです。見られたくないなら、見ないようにしますから」 「でも、……こんな、恥ずかしすぎて……っ……」 「恥ずかしがることなんかありませんよ。俺……すごく感動してます。俺に触られて、蓮さまがこんなに喜んでくれてることが、嬉しくて」 「でも……っ」 「あなたが可愛くて可愛くて、しかたがないです。愛おしすぎて、もう本当に……どうにかなりそうだ」 「……っ」  頑なに逸らしていた視線を、蓮はもう一度御門の方へと向けた。それを見て御門は微笑み、もう一度蓮の唇にキスを降らせた。  そのキスに陶然とさせられて、くったりと脱力してしまった蓮の胸へと、御門は再び舌を這わせはじめた。そしてさらに、下着の中で苦しげに嵩を増している蓮の屹立に、大きな手を重ねる。器用にスラックスと下着をずらされて、薄ぼんやりとした明かりの中、蓮の屹立が露わにされた。蓮は羞恥のあまり泣いてしまいそうな気分だが、御門に触れられ、高められる快楽には逆らえない。 「あ……!! ァっ……ん……!!」 「力を抜いて……蓮さま」 「だって、……ァん、ん……っ! こんなの……ッ、んっ……んっ……」  さっきよりも激しく乳首を舐られ、同時に屹立を扱かれる。溢れんばかりの先走りでとろりと濡れた雄芯を擦られるたび、信じがたいほどに淫らな水音が響いている。その音も、扱かれる感触もひどく淫らだ。しかも、他ならぬ御門の手によって追い詰められているという現状に、蓮はいいようのない興奮と悦びを感じていた。  気持ちよくて、気持ちよくてたまらない。野性味溢れる御門の目つきも、舌の動きも、手の動きも、何もかもが蓮を狂わせてゆく。   「みかど……っ! や……はぁっ……ぁ、ああ、アんっ……!!」 「イっていいんですよ? 我慢しなくて、いいんです」 「でも……僕はっ……ぁ、こんなっ……!」 「俺の前では、もう何も飾らなくていいんです。全部、俺が受け止めますから」 「はぁっ……! ァ、あ、あッ……!」  あられもなく乱れる蓮の耳元で、御門は熱く愛を囁く。迫り来る絶頂の予感に、蓮はぎゅっときつく目を瞑る。  そして御門の熱い身体にすがりつき、蓮はぶるりと身を震わせた。 「あぁ……出るっ……イく……っ……!! ん、ん……っ……!!」  長い長い絶頂を経て、蓮は震えるまつ毛をゆっくりと持ち上げた。そして、自分の上に覆いかぶさっている御門を見上げる。  御門は白濁の付着した長い指を蓮の目の前で舐めて見せながら、目を細めて色っぽい笑みを浮かべた。

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