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16、御門の提案
御門の眉間から力が抜け、きりりと整った形のいい目が、柔らかく、愛おしげに細められる。
蓮を見つめる御門の表情が、みるみる明るいものへと変化してゆくさまを見て、蓮は目を瞬いた。
「……やっぱり、あなたは俺の運命だった」
「……え?」
御門はゆっくりと蓮に歩み寄って距離を縮めると、静かに手を持ち上げて、蓮の頬に優しく触れた。
「……っ……」
「初めてお会いした日から、あなたのことばかり考えてました。陳腐な言い方ですけど、『運命の相手を見つけた』って思ったんです。……でも、蓮さまは葵の兄貴で、アルファの中のアルファ。有名人だし、こんなにも美しい。だからこの感情は憧れとか、畏怖とか、そういうものなんだって思おうとしてました」
「……」
「でも、最近やっと気づいたんです。憧れだけじゃない、俺はずっと、あなたのことが好きだった。アルファなのにアルファに惚れるなんてどうかしてるって、自分の本質がよく分からなくなったこともありました。こんな感情向けられても、蓮さまが困るだけだろうとも思ってたけど……でも、どうしても諦められなかった」
御門は口元を綻ばせ、心から嬉しそうに、そしてどことなく照れ臭そうに微笑んだ。
御門に笑いかけられると、こんなにも胸が高まり、こんなにも心があたたかい。触れられた場所を伝って流れ込んでくる御門の想いに、蓮の身体は小さく打ち震えた。
「今夜、きちんと告白しようと思っていました。あなたが好きだと、きちんと顔を合わせて伝えたかったから。……それできっぱりフられよう、諦めようと思って、ここへ来たんです」
「……あ……」
「でも……蓮さまはオメガだった。俺……なんか、すっげ嬉しいっていうか……すみません、なんか……もう、」
御門は手繰り寄せるように蓮を抱きしめ、愛おしげに蓮の髪に頬ずりをした。耳元に御門の吐息を感じてしまえば、蓮の熱は再び激しく燃え上がるばかり。高揚を押し殺すために身を強張らせると、御門はちょっと身体を離し、「す、すみません」と謝った。
「俺……蓮さまの香りを嗅いでると……もう、なんていうか」
「……なんていうか、何だ?」
「たまらない気持ちになるっていうか……抱きしめるだけじゃ、もう、足りないっていうか……あっ、も、申し訳ありません! 俺、一方的にベタベタベタベタ……!!」
「……いや、それは……」
「き、気持ち悪いですよね!! 蓮さまの気持ちも聞かずに俺、暴走して……!! 人の気持ちに、アルファとかオメガとか関係ないですもんね! 蓮さまがオメガだったからって、恋が成就するわけじゃないのに、何浮かれてんだろ俺……あは、あはははは」
御門はすでに相当オメガフェロモンにあてられているようだが、必死で自分を律しているようだった。蓮に対して紳士的な態度を崩さず、大きななりをして、こんなにも健気な態度で接してくる御門が愛おしく、蓮は思わず笑ってしまった。
笑いはじめると、力の入っていた身体から力が抜けてゆき、蓮は御門の肩口に額をくっつけ、肩を揺すって笑い続けた。
「……あの……ど、どうされたんですか」
「いや……ふふっ……ごめん、なんか……気が抜けて……」
「え、え?」
「……抱きしめられるだけじゃ足りないのは、僕も同じだ」
「……ですよね、すみません。………………え?」
呆然とした表情で蓮を見つめる御門の顔が可笑しくて、蓮はまた笑ってしまった。御門が可愛くて可愛くてしかたがなく、腹の奥底がむず痒くなるほどに愛おしさを感じる。笑っているうちに溢れてきた涙を指先で拭い、蓮は気恥ずかしさに目を伏せた。
「……そ、それって……あの……蓮さまは……」
「僕も、君のことを運命の相手だと思った。……というか、出会った瞬間確信していた。君は僕の『魂の番』だと」
「た……魂の番……」
蓮の言葉に、御門の表情がひときわ明るく輝いた。今にも泣き出しそうでありながら、こぼれんばかりの眩い笑顔を浮かべて、御門はそっと、蓮の眦に浮かぶ涙を拭う。
「……そ、そっか、やっぱりそうだったんですね……! やばい、嬉しすぎて、どうにかなりそうです……! 俺、自分がオメガだったらよかったのにって、葵にも相談したこともあって……!」
「ふふ……君のようなごついオメガは、僕が本当にアルファだったとしても、お断りだよ」
そう言って苦笑すると、御門もまた照れ臭そうに破顔した。そして「葵にも同じことを言われました」と言い、御門は不意に大人びた表情を浮かべて、真摯な眼差しを蓮に注ぐ。
「……勘違いじゃなかったんだ。嬉しいです、俺……本当に、本当に……!!」
息ができなくなるほどに、強く強く抱きしめられる。蓮はぎゅっと御門の背中に腕を回して、広い背中を抱き返した。蓮のそういう反応が嬉しいのか、御門はさらにきつく蓮の身体を抱き寄せた。
こんなにも強く優しく包み込まれてしまえば、ひとたび熱を帯びた身体に抑制が効くはずがない。御門の吐息や、指先のわずかな動きにさえ、ぞくぞくと甘い刺激を感じてしまう。
「ぁ……ぅっ……」
「……蓮さま?」
「んっ……ぁ」
耳に御門の息がかかるだけで、蓮はぶるりと腰を揺らした。再び熱を燻らせ始めた蓮の肉体を抱く御門の表情からも、少しずつ少しずつ余裕が消え、オスのアルファとしての本能がちらつき始める。蓮を見据える漆黒の瞳があまりにも力強く魅惑的で、蓮は御門の双眸から目が離せなかった。
「……キスしても、いいですか」
「えっ……」
「そんな顔で見つめられたら……どうしたらいいか……」
「ん、ぁっ……」
ちゅ……と御門の唇が頬に触れる。蓮の頬を撫でるように、ゆっくりと滑る御門の唇が、蓮の尖った顎へと降りていく。
政親に破られたワイシャツがそっとはだけられ、御門の指や手のひらが、蓮の腰のあたりをゆったりと撫でた。そんなところを他人に触られるのは初めてだし、ましてやキスなど未経験も甚だしい。どうしていいか分からなくなった蓮は、身じろぎをして御門の胸を押す。が、蓮に抵抗する意思などないことを見透かすように、御門は一回り大きな手で、ぎゅっと蓮の手を握りこんだ。
「ちょっ……待て、御門……」
「陽仁と」
「え……?」
「陽仁と呼んでください、俺のこと」
「……陽、仁……?」
「…………はぁ……もう、本当に……」
御門は感極まったようにそう呟き、ぎゅっと目を瞑って首を振った。そして熱いため息をこぼすような色っぽい声で、蓮の耳元にこう囁く。
「……俺を、あなたの番にしてください」
「……あ」
「もうこれ以上、待てません。俺はあなたを愛しています。どうか俺を、蓮さまのそばに……」
そっと、蓮の唇にあたたかなものが重なった。御門は軽く唇を触れあわせたあと、蓮の唇を啄ばむように、柔らかく食む。
触れ合った唇の弾力が心地よく、キスの隙間に漏れる熱い吐息が、蓮の理性を狂わせる。ゆっくりと目を閉じると、蓮の翡翠色の金眼から、すうっと静かに涙が溢れた。
蓮の涙に気付いた御門は少しばかり面食らったような顔をしていたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。白い頬を伝う熱い涙を唇で拭ったあと、もう一度、蓮の唇へキスを降らせる。
「っ……ん……ァっ……」
「蓮、さま……」
「はぁっ……ぁ……はぁ……ッ……」
「好きです。愛しています、あなたを……」
「ンっ……ん……」
さっきよりもキスの深度が増し、重なり合う唇がしっとりと唾液で艶めき始めた。御門の唾液や吐息は何よりも甘く、とても芳しい香りがする。
腰をぐっと抱き寄せられ、さらに身体が密着すると、腹のあたりに硬い御門の高ぶりを感じた。そういうものを汚らわしいと思いながら生きてきたのに、今はただただ、御門に求められることが何よりも嬉しく、幸せだ。……しかし。
――怖い……。薬も飲まず、まともに発情するなんて、これまでの人生で経験したことがない……。僕は、僕のままでいられるのだろうか……。
御門と番いたい。このまま御門と触れ合っていたい。もっともっと深く愛されたい……待ち望んだこの瞬間が訪れたことを、こんなにも幸せに感じているのに。あと一歩というところで、これまで頑なにアルファとしての生き方を貫いてきた蓮の矜持が邪魔をする。
そうしている間も、御門は蓮の首筋にキスをしながら、蓮の腰や背中を柔らかく愛撫している。性的な快感は高まる一方で、蓮の身体ももはや収まりがつかなくなるほどに御門を求めているというのに、得体の知れない恐ろしさが、蓮の心を臆病にする。
「ぁっ……んっ……」
腰を撫でる大きな手が、するりと尻の方へと降りてくる。色っぽい仕草で身体を愛撫され、蓮の口からも淫らに濡れた声が漏れてしまう。
しかし喘ぎ声を漏らすことが恥ずかしく、蓮は必死に唇を引き結び、固く固く目を閉じた。御門にしがみつきながら、どこか気遣わしげに与えられる愛撫に声を殺していると、蓮の屹立へ御門の手が伸びてくる。
「あっ! いや……ま、待っ……!」
「……どうしましたか」
「こ……怖い、んだ」
「……え?」
「僕はずっと、薬で発情 を抑えてきた。……だから、こんなふうになるの、初めてで。こういうとき、どうしていいか……」
「そうなんですか……?」
「ど……どうやって君と触れ合えばいいのか、分からない。……だから、その……」
年上なのに、こんなことを言っている自分が情けない。興ざめするようなことを言って、御門をがっかりさせてしまったのではないかとも思い、蓮はこわごわ御門の方を見上げてみる。
が、御門は目をきらきらと輝かせていた。頬を今まで以上に紅潮させ、果てしなく嬉しそうな顔で、蓮を見つめている。
「……な、なんだよ」
「はぁ……もう、ほんっとうに……あなたって人は」
「え……?」
「蓮さまにこんなことを申し上げるのは、非常に非常に心苦しいのですが……」
「な、何だよ。何とでも言えばいいだろう! どうせ僕は、」
「……本当に、かわいい」
「ん?」
思いもよらぬ単語が飛び出してきたことに仰天し、蓮はぎょっとしながら御門を見上げた。御門は蓮の頬を指の背で撫でながら、感極まったような口調でこんなことを言う。
「……そんなことを言ってもらえるなんて、思ってもみなかったです。……蓮さまが可愛すぎて、俺……っ」
「か、かわいい? この僕がか?」
「あなたが嫌がることは、しません……頑張ります。でも……蓮さまのほうも、すごく苦しそうだ」
「ちょ……っ、さわるなっ……!」
つう、とスラックスの前をもったいぶった手つきで撫で上げられ、蓮は思わず悲鳴のような声をあげてしまった。涙目になりながら御門を睨むと、御門はひりついた表情に困ったような笑みを浮かべて、こう言った。
「蓮さまは、俺とこんなことをするのは、嫌ですか?」
「い……嫌じゃない」
少し間を置いて、蓮が小さな声でそう言うと、御門はほっとしたように笑う。そして、御門はちょっと遠慮がちな口調でこう言った。
「俺はもっともっと、蓮さまに触れていたいです。だから少し、練習してみませんか?」
「練習……?」
「場所を変えませんか。もっと蓮さまが寛げる場所で、俺と触れ合う練習をしましょう」
「……」
御門はそう言って、照れ臭そうにうなじを掻く。
こうして差し出された提案に、蓮は小さく頷きを返していた。
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