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シロツメクサ/白詰草[1]
夏野の河川敷に小さな影がふたつ。
目の前の女の子は目下に広がる草花を梳くように撫でる。綺麗に伸びた指の先にある桜貝のような爪が緑に沈み込む様は、息つくほどに美しいコントラストを描いていた。
伏し目がちに降りたまつ毛に暖かな陽の光が反射し、陶器のような白い肌もあいまって、その光景はこのまま彼女が光の中に溶けていってしまうような気さえする程。
『さやちゃん』
不意に名前を呼んだのは何故だったか。
思えば、今にも彼女を攫っていきそうな目に見えない恋敵を、自分は酷く恐ろしく感じていたのかもしれない。彼女を失ってしまうことが、子供ながらに苦しかった。
『あのね。』
『シロツメクサには、その』
『…"約束"…って意味の花言葉があるんだ』
『だから、えっと。…えっと、さ』
何とか彼女をこの場に留めておきたくて、偶然目に止まったシロツメクサを手折り、弄りながら、たった一文を何度も何度繰り返してようやく言葉を紡ぐ。
『おっきくなったら、僕の、僕のお嫁さんに…ッ!!』
手の内に出来上がったシロツメクサの指輪に視線を落としながら、そこまで言ったところで自然と勢いが止んだ。確かに自分は彼女を失いたくなくて、ずっと傍にいたいと思っているけれど......飛躍した思考はどうやら彼女にとんでもないことを口走ったらしい。
『……なって、ほしいです……』
感情の昂りは呆気なく鎮火して、けれど自分の頬は見る間に熱くなっていく。尻すぼみになったプロポーズは間違いなく格好悪くて、目の前がグルグルとして、全身からはじっとりとした変な汗が吹き出した。
『…う、ん』
『え?』
────だから、本当に耳を疑ったのだ。
『なりたい。コトくんの、お嫁さん…』
白磁の肌には薄らと朱が差し、艶やかな黒髪が彼女の頬を擽る。黒曜の瞳が眩しい。
たまらなく、"綺麗だ"と思った。
『...約束ね』
『…うん。約束』
彼女が柔らかな光陽に透けて連れ去られるだなんて思うことは、恐らくもうないだろう。
少なくともこの時の彼は、そう信じて疑わなかった。
────それから1ヶ月後。彼女が彼の前から姿を消すまでは
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