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第1話

 まったくもって知らない場所。  まったくもって知らない人達。  まったくもって知らない言葉。  どうやらここは、まったくもって知らないとこらしい。いや、当たり前か。場所も人も言葉も知らないものばかりなんだ。俺が知らない所だというのは分かりきってる。一言『知らないとこ』っていう説明で済む状況を、他の言葉も交えて考える必要なんてない。それはそうだ。そうなんだけど、そんなすぐに受け入れること出来る訳ないだろ。ついさっきまでの記憶がないんだから。  気がつけば正面に見たことない三人の男がいた。そいつらは俺を見ながら何かを話している。英語でもない。中国語でもない。どこの国なのか分からないが、聞いたこともない少し変わった音を出す言葉。神妙な顔つきでずっと話している。声を荒げたりはしていないが、あの表情を見れば良い内容ではないだろう。  一人が壁一面にある本棚から一冊を抜き取り、目当てのページを指しながら何かを話し始めた。他の二人はその話を黙って聞いている。本を見てはいるが、やっぱり時折こっちを見てくる。俺に関係あることで間違いないんだろうけど、いったい何を話しているんだろう。言葉が分からないとこんなにも不安になるのか。  真っ白い壁に窓もなく、本しかないような殺風景な部屋。ドアはすぐ近くにある。縛られている訳ではないから逃げることは出来るのかもしれないけど、息のつまるような部屋に神妙な顔をした三人の男を前に逃げようと思う気持ちはなかった。何も分からない状況が恐くて動けれないんだ。手足にまったく力が入らないから、立ち上がることすら出来ない。  一体なんなんだ、この状況は。  今まで何かをしでかした記憶はない。誰かに恨まれるような覚えはない。執着をされるほど俺自身に価値もない。家族が何かをしでかしたとも考えられない。金品を要求されるほど裕福な家でもない。でもこの状況は……俺が誘拐された、としか貧相な頭では考えつかなかった。そう考えてしまうと、動けれない。動いた瞬間、殺されてしまうんじゃないか。相手は日本人じゃない。ついさっきまでの記憶がないから、最後の記憶から時間がどれだけ経ったか分からない。数分だったら日本国内だろうけど、もし数日経っていたら? ここは日本ですらないかもしれない。外に逃げれたとして、どうやって日本まで帰るんだ? 誰に助けを求めればいいんだ?  ふと気がつけば、一人が真剣な顔で俺の前に立っていた。心臓が早く脈打ち始め、冷や汗が出てくる。何をされるんだろうか。殺されるのか? 何か話しかけてきているようだけど、何を言っているのかさっぱり分からない。それでも目の前の男は話し続ける。男が身振りをする度に肩が跳ねてしまう。もうなんでもいい。殺すなら早くしてくれ。ずっとこんな状態は耐えられない。何もしゃべるな。一思いに頭を撃ち抜くなり心臓を刺すなり、なんでもいいから早く解放してくれ。  男の動きをじっと見ていると、男がゆっくりと俺の左手をとった。そのまま自分の額まで持っていき、何かをブツブツ呟いている。なんだ、殺す前の儀式か何かか? 律儀なことだな……いや、何かおかしい。妙に左手が熱くなっていく。じわじわと熱くなり、次第に焼かれているんじゃないかと錯角するほどの熱さを感じてきた。なんだこれ!  反射的に手を引こうとするけど、目の前の男が離してくれない。くそ、熱い! なんなんだ、こいつらは! こんな人間離れなことを引き起こすことが出来るのか。なんてやつらだ。このまま殺されるのか? いやだ。恐怖を感じながら殺されるなんて嫌だ。頼むから、一思いにやってくれ! 「すみません。熱かったっすよね? こっちは熱を感じないから分からないんすけど。えっと、これで言葉が通じてると思うんすけど、どうです? 俺の言葉分かります?」 「……あ?」  左手の焼けるような熱はなくなっていた。それと同時に、目の前の男が日本語をしゃべりだした。なんだ、これ。

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