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第2話

 急に日本語をしゃべりだした目の前の男は、俺の顔を覗きこんできた。というか、やけに流暢な日本語だな。しゃべれるんなら最初からしゃべってくれよ。いや、それはそれで恐い。もしかしたら俺の処分方法とか話していたのかもしれない。俺に聞かれないようにする為に異国の言葉で話していたのかもしれない。日本語に少し安心してしまったけど、そんな場合じゃない。隙を見て逃げなきゃいけない……けど、この男近いな。ちょっと離れてくれ。 「モツさーん。たぶん、大丈夫だと思うんすけど、なんかまだ怯えてる? 混乱してる? これどんな表情か分かんないすけど、なんか微妙な顔してますよ」 「えー? でもこの本には、その魔法で言葉を自動で変換できるようになるって書いてますよ?」 「いや、やっぱそれ嘘だろ。自動で変換する魔法とか出来すぎだわ。なんでもアリじゃねーか」 「そりゃそう思いますけど、でもこれ国の秘蔵文書ですよ? そんな重要なものに嘘は書かないでしょ」 「んじゃあ、ツルちゃんがミスしたんじゃねーの?」 「あー、それはあるかもっす」 「いやいや、ツルは国一番の魔法使いですよ? ミスするはずありませんよ」 「うわぁ、モツさんの期待がきっつい。俺そんな期待に耐えられるメンタル持ってないっす」  こいつら話し出すと止まらねーな。女子か。  いや、なんなんだこいつら。急に流暢な日本語で話し始めたと思えば、なんてゆるい会話なんだ。魔法とか言い出しちゃってるよ。なんなんだ、ファンタジーごっこか? 見た感じ全員大人なんだけど、いい大人がファンタジーごっこか? まったく知らない人間を誘拐して?  ……おいおいおいおい。やべーよ、こいつら。拗らせすぎだろ。絶対話が通じねー相手じゃん。  こいつらのゆるい会話のおかげでさっきほどの恐怖はなくなったけど、これはこれで恐い。どう逃げればいいんだ。 「あのー、すみません。俺の言葉分かりますか?」 「え? あ、はい。分かります」  自分の言葉が分かるか確認してきた。  見た目で俺がアジア圏の人間だとは分かったんだろうけど国は分からなかったみたいだ。目の前の男達も見た目は日本人にしか見えないけど違う国の人みたいだし、見た目じゃ分からないもんだな。いやでも……俺は日本にいたはずだ。ということは、誘拐してきたのはこいつらじゃないのか。  俺が考え事をしてる間にも、目の前の男達は話し続けている。ほんと止まらねーな。 「ほら! やっぱりツルは凄い!」 「ツルっていうか魔法が凄くね? マジでこんな魔法あんだなー」 「まぁ、成功したんならよかったっす。はじめまして、俺はツルっていいます。あっちがモツさんで、その隣がギゼさん。たぶん、貴方は何も分からない状況だと思うんで、ちょっと説明させてもらっていいすか?」 「え、あ、はい」  説明ってなんだ。誘拐の目的をわざわざ説明する奴なんていんのか。いやたしかに、ドラマだと金が欲しいだとか復讐だとか犯人がベラベラしゃべってるけど、こいつら自己紹介までしやがった。何がしたいんだ。 「たまにいるんですけど、違う世界の人がこの世界になんでか落ちて来ちゃうことがあるんすね。この国では何十年か前に一回あったんすけど、たぶん貴方も同じでこの世界に落ちて来た人っす。申し訳ないんすけど元の世界に帰る方法を俺らは知らないんで、暫くかあるいは生涯この世界で生きてもらうことになるっす」  違う世界? 俺が違う世界に来た? 日本語を話すここが、違う世界?  ……こいつら、想像以上にやばいぞ。誘拐した知らない人間に、ファンタジーごっこを強要してきやがった! 「とりあえずは俺らのいる国で保護っていう形になるっす。俺これでも役所の人間なんで俺の家で暮らしてもらいつつ、役所でこの世界の常識を覚えてもらったり国で生きていく為の戸籍を作っていきます。申し訳ないすけど、いずれは国の保護を外れて一人で生きていってもらうことになるんで、頑張って覚えていってほしいっす」  そんなに細かく設定を作ってんのか? いったい何してんだ。普通に生きてくれ、頼むから。他人を巻き込むな。というか、国の保護を外れて一人で生きていくってことは……俺に設定を叩き込んで洗脳したあと、新たなファンタジーごっこ参加者を連れてこさせるってことか? こっわ! 「とりあえず、ここは国の秘蔵文書保管庫なんで、今から役所へ移動するっす。ついて来てください」 「急な話ですみません。混乱されてるでしょうけど安心して来てください」  えっと……なんだったっけ。名前忘れたけど、一人がドアを開けて俺が外に出ることを促している。目の前の男も俺をじっと見ている。ここで逃げるのは恐い。逃げれる確証もない。とりあえずは、やべー大人三人の言うとおりに動くしかない。  恐怖で動かなかった体にどうにか力を入れて立ち上がる。少しふらつけば目の前の男が支えてくれた。逃げ道が塞がれたように感じて身震いした。でも、行くしかない。とにかく場所を特定して、逃げだすんだ。  ゆっくりと歩きドアをくぐれば、目の前に窓があった。地面は深い青色、くねくねと曲がった木のような黄色の物体、黒い建物群に、綺麗な薄い緑の空。 「いや、ここどこだよ!」 「異世界だって言ってんだろ」  誰かがそう言ったのは聞こえたけど、俺はそこで限界がきた。  目の前がグラグラしてきて、これやばいやつだなって考えながら……ぶっ倒れた。

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