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第3話

 ファンタジーごっこを強要してきた大人三人と出会ってから、二ヶ月が経った。  出会ったその日はパニックを起こした俺がぶっ倒れて、次の日に役所みたいなとこに行って俺に関するいろいろ手続きをしたらしい。まだパニックだったからあんま覚えてない。  その次の日から、朝から夕方まで役所の人が毎日ここのことを教えてくれている。電気はない。ガスもない。スマホもない。でも魔法はある。魔法は全員使えるから、魔法でそれらを補っているらしい。なんだそれ、魔法って便利すぎんだろ。  国を動かすのは王族。国の人間を取り締まるのは兵士。国の決まりを作るのは賢者。賢者とか……なんかすっげーRPGっぽい単語が出てきたけど、賢者はとりあえず頭いい人らしい。俺の頭ではそうとしか理解できなかった。  それと、文字は日本語じゃなかった。話す言葉は日本語なのに……いや、正確には日本語じゃないらしいんだけど、まぁいいや。ここの文字はフニャフニャした記号で、覚えろと言われても文字だと判別すらつかない。  その他にも国特有の考えだとか貨幣だとかを毎日教わった。なんていうか、ちょっとした学校気分だ。  そうしているうちに、あっという間に月日が経っていた。  そして、これは少し経った頃にやっと気づいたこと。  ここ、本当に異世界だわ。 「こんにちはー。史くん、調子どうすかー?」 「あ、ツルさん」  役所で勉強していると、ツルさんが無気力そうな顔で室内に入ってきた。  最初に会った三人は役所で働いているみたいで、時間が空いたとき様子を見に来てくれる。その中でもツルさんはよく来てくれる。  ツルさんに気づいた役所の人が挨拶をして、荷物を片付け始めた。そろそろ休憩時間だ。 「俺もう無理。文字をどう判別すればいいのかマジで分からないです」 「それずっと言ってますよね。そんな難しいもんす?」 「アホみたいに難しい。この二つとか少し角度が違うだけじゃないですか。そんなもん見分けることも書き分けることも出来ねーですよ」 「あ、それ俺も苦手なんすよねー。よく間違える」 「頑張れよ地元民」  ツルさんは親切な人だ。最初から今までずっと俺を住まわせてくれている。それだけじゃなく、俺の世話をしてくれたり、時間のあるときに外を案内してくれたりする。その度に役所では教わらないような細かいことを教えてくれた。例えば、地域ごとの人柄だったり考え方だったり治安だったり。役所では最低限のことしか教える時間がないみたいで、そういうとこは今のところ全部ツルさんが教えてくれた。ごめんね、最初めっちゃ怯えてしまって。  ふいに、コンコンというノックが聞こえた。いつも通りの時間でのノックに、モツさんが来たんだと分かった。 「こんにちは。あれ、ツルもいたんですね」 「ちょっと様子見っす」 「そういうのって、本人に気づかれないようにするもんじゃないですかね?」 「見返りがほしいんで気づかれない優しさをするつもりはないんすよね」 「ツルのそういうとこが皆を微妙な気分にさせるんですよ。ところで、いつもの時間だけど大丈夫ですか?」 「はい。これから少し休憩にしますね」  そう言って役所の人は会釈をして部屋を出た。  役所での勉強会の休憩時間に、モツさんには俺の元いた世界を話していっている。何十年か前にいた異世界から来た人は、たぶん俺とは違う世界の人だった。前の人も記録をしていたみたいで、モツさんが内容を読んでくれたんだけど……何一つピンとこなかった。まぁ、最初の一文が『私の世界は地面が少なく水ばかりだが、ここの世界は地面ばかりだ。どうやったらこれだけの地面を作ることが出来るのだろうか』みたいなこと書いてあったから、明らかに違う世界だろう。少なくともここで「めっちゃ地面多いじゃん!」とは思ったことがない。  けどもしかしたら今後、俺と同じように地球から来る人がいるかもしれない。その人の為に、地球はこういうとこで、そこから来た人間がどう過ごしたか書き残しておくらしい。  ちなみに、俺より前にここへ来た異世界の人は、ここで一生を過ごしたらしい。この二ヶ月は環境に慣れることでいっぱいいっぱいだったから考える余裕がなかったけど……そろそろ帰ることを考えなきゃいけないだろう。向こうには家族もいるし、友達もいる。まだ大学にも行き始めたばかりだったから、やりたいこともたくさんある。なにより、向こうでの俺が失踪扱いになっているんじゃないかと不安だ。みんなに心配かけているんじゃないか。今さらだけど、それが申し訳なく感じた。  元の世界へ帰る方法は分からない、と最初に言っていたのは覚えている。でも、もしかしたら帰る方法があるかもしれない。この世界にはたくさんの国があるんだから、どこかの国が知っているかもしれない。  今日の勉強がすべて終わったあと、役所の人に聞いてモツさんに会いに行った。 「モツさん。俺、元の世界に帰りたいって思っています。方法って無いですか?」 「……申し訳ないけど、僕にはそれが分からないんです。ギゼが他国の人にも聞いてみてくれてるので、それを待っててくれませんか?」 「ギゼさんが?」 「そう。ギゼって何故だか顔が広くて、それぞれの国に友人がいるみたいなんです。どこで知り合ったのかは分かりませんけどね」  俺がモヤモヤとしてる間、ギゼさんは動いてくれていたみたいだ。今度会ったらお礼を言おう。

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