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第4話

 あれから更に数ヶ月が経った。三人が面倒を見てくれているおかげで、だいぶこの世界に慣れてきた。どれくらいかと言うと、一人でおつかいに行けるくらいだ。……微妙な例えだな。まぁ、いいや。とにかく、ここでの生活に慣れて楽しむこともできていた。気持ちに少しだけ余裕が出来たんだろうな。最近、今さらなことに気づいた。  この世界に来てから、ずっとツルの家に住まわせてもらっている。着るものなど、生活に必要な物はすべてモツさんが用意してくれている。ギゼさんはずっと調べてくれているみたいで、ほとんど姿を見ない。  いや、本当に今さらなんだけど……いくらなんでも、世話になりすぎじゃない?  数ヶ月経ってやっと気づいた。  ここまでしてもらっていたのに俺は何も返せていない。この世界のことを教えてもらいながら普通に生活していた。それだけ。いやいやいや、どんだけ礼儀知らずなんだよ、俺は。  この世界にも少し慣れたんだ。今なら何か軽い仕事とか出来るかもしれない。その給金で何か返したい。というか、返さないとあまりにも三人に申し訳ない。一番最初『ファンタジーごっこを強要してくるヤバイ大人』って勘違いしたせいで、余計に申し訳なく感じてしまう。いや、でも、異世界だとかすぐに受け入れられないだろ! 異世界に来る直前の記憶もないし、三人は日本人にしか見えないし、というか途中から日本語しゃべってるし!……あぁ、違う。開き直るとこじゃない。今は三人に何か返したいって考えていただけなのに。  ツルの家にある長椅子で考えこんでいたら、その様子を見ていた家主に声をかけられた。 「なんか史くんって、感情が忙しいすよね」 「……はぁ?」 「いろいろしてくれてるから何か返したい……ってしおらしく言ったかと思えば、急に険しい顔して何か考えだすし。そんで最終的には、もう一回しおらしい顔になる。疲れないんすか?」 「……え、なに? 喧嘩売ってんの?」 「え、べつに。思ったことを言ったまでっす」  そう言ったツルは自分の分と俺の飲み物を持ってきてくれていた。これが何なのか分からないけど、コーヒーみたいな味がして美味しい。これが好きだと言った日から、ツルはよくこれを出してくれる。  俺の横に座ったツルは、いつもの無気力そうな顔で口を開いた。 「史くんの目標は元の世界に帰ることなんで、そんなに考えなくていいんじゃないんすか?」 「そういうわけにはいかないだろ! 俺の生活分、負担をかけてしまってるんだ。その分くらいは返さなきゃ」 「真面目っすねー。俺もモツさんもギゼさんも勝手に史くんの世話をしてるだけっすのに」 「でも、それで俺が助かってるのは事実だ」 「んもー、史くんはめんどくさいっすなぁ」 「あぁ!?」  いや。そりゃあ、無償の好意に対して何かを返したいって無理に言うのは面倒かもしれないけど。でも! 言い方があんだろ、この野郎!……いや、なに怒ってんだよ。駄目だ、自分で自分につっこんじゃった。 「はいはい、面倒って言ってすんません。まぁ、どうしても何か返したいんなら本人に聞けばいいんじゃないすか?」 「……直接?」 「そう。二人ともお金とか物を貰ってもあんま嬉しくないと思うんす。だったら、何かしてほしいことを聞いた方がいいんじゃないすか?」  二人と仲がいいツルが言うんだから、その方がいいんだろう。俺にしてほしいことなんてあるだろうか。モツさんもギゼさんも忙しそうだし、マッサージとかいいかな。でもなんかそれって……小さい子が両親にあげる肩たたき券みたいだよな。うん、やっぱ直接聞こう。 「ありがと。何か出来ることないか聞いてみるよ。なぁ、ツルは?」 「え? 史くん掃除とか洗濯とかしてくれてるじゃないっすか」  ……え、マジで? そんなんでいいの?  びっくりしてツルを見てみれば、いつもと同じ無気力そうな顔。たぶん、本当にそれでいいんだろうな。 「お前……安上がりだな」 「アンタ一言余計っすよ」 「ふは、ごめん。じゃあ、掃除と洗濯をプロ並に頑張るわ!」 「いや、いつも同じでいいっすよ」  そう言ってツルはちょっと笑った。  三人の中でも一番話しやすいのはツルだ。一緒に住まわせてもらってるからっていうのもあるけど、ツルのゆったりした性格が凄く落ち着くからっていうのが一番だと思う。元の世界に帰らなきゃいけないと思うけど、のんびりツルと一緒に暮らすのもいいな……って少し考えてしまう。ぐだぐだして、たまに軽口たたいて、のんびりコーヒーみたいなやつを二人で飲む。楽しいだろうな。  そう考えていると、ノックする音が聞こえた。 「ツルちゃーん。史もいるんだろー? 開けろー!」  ツルの方を見れば、少しだけ目を開いて「ギゼさんだ」と呟いた。

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