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第5話
ツルがドアを開けた先には、言っていた通りギゼさんがいた。元の世界に戻る方法をずっと探してくれていたギゼさんは、少し疲れた顔をしている。
「久しぶりー。ツルちゃんはいつもと同じ顔だな」
「いや、挨拶が雑すぎでしょ」
「史ー。史はいるかー?」
「無視っすか。まぁ、いいや。とりあえず、上がってください。なに飲みます?」
「なんでもいいわ。あんがと」
ツルはそのまま飲み物を用意しに行って、ギゼさんはこっちに来た。長椅子の他に置いてある一人掛けの椅子へ深く座って、長い一息をついた。
「んあー、疲れた」
「久しぶりです、ギゼさん。お疲れさまです」
「お。なんかちょっと雰囲気変わったな」
「え、そうですか?」
「おー。なんか落ち着いたっていうか……落ち着いたな! 俺が前に会ったときは、もうちょい情緒不安定だった気がする」
俺ってそんな印象だったのか。いや、でも、仕方ないか。急に考えこんだかと思えばいつも通りに戻ったりして、前の俺は感情の起伏が激しかったかもしれない。ん?……いや、今もそうじゃないか? あ。駄目だ、ちょっと落ち着こう。ツルの淹れてくれたコーヒーみたいなやつを飲もう。
落ち着かせようとしていると、ツルが戻ってきた。たぶん、俺が飲んでいるやつと同じやつをギゼさんに渡している。
「はい、ギゼさん。どーぞ」
「どーも。んで、来てすぐで悪いけど用件を話すぞ」
一口飲んでカップを目の前の机に置いたギゼさんは、俺とツルの方を真剣な顔で見た。
「史の元の世界に帰る方法が分かったかも」
「んえ!?」
ギゼさんの言葉に思わずでかい声が出た。ツルに「史くん、うるさい」とか言われたけど無視だ。
そんなまさか。帰る方法が分からないって言われていたから少し諦めていた。もし分かったとしても、それはもっともっと先のことだと思っていた。それがまさか、こんなに早く分かるなんて!
「ギゼさん、ありがとうございます!」
「いや、本当俺すげー頑張った。今まで生きてきた中で一番って言ってもいいぐらい頑張った」
「ありがとうございます! 俺に出来ることがあれば何でも言ってください!」
「マジで? じゃあ、肩もんで」
え、そんなことでいいの? 肩だけといわず、よければ全身マッサージさせてほしい。
俺の喜びが爆発してすぐに実行しようとしたんだけど、まだ話は終わっていなかったみたいで断られた。喜びの発散場所がなくなった。どうしよう、ワサワサする。
「いや、なんか話を盛り上げといて悪いんだが、分かったとは断言できないんだ」
「……え?」
俺のワサワサした動きが止まった。どういうことだろう。
ギゼさんを見ても表情は変わっていなかった。その表情からは、次に何を言うのか想像ができない。
チラと見たツルは、今まで見てきたなかで一番真剣な表情をしていた。
「理論的には大丈夫みたいで実際に異世界に送ったやつもいるらしいんだが、その証明が出来ていない」
「……あぁ、向こうに行っちゃったら確認できないっすもんね」
「そゆこと。それに史はこっちに来る直前の記憶がない。この方法は記憶が重要みたいでな、それが確かじゃない史は元の世界に帰れる確率が低い」
そう言ってギゼさんは、コーヒーみたいなやつを一口飲んだ。それを見て俺も同じように飲む。
証明ができないってことは、今までの人達がちゃんと元の世界に戻れたかどうか確認ができてないってことだ。俺の場合は確率が低いとも言ってたし、元の世界でもここでもない、まったく違う異世界に飛ばされる可能性もあるのか。
それは恐い。こんな優しい世界に来たときですら最初はパニックになってたんだ。もし、ここより何倍もひどい世界に行ってしまったら、俺は耐えることができるだろうか。うん、無理な気がする! あぁ、ちょっとでも自分に希望を持ちたかった。
でも、それが成功したら元の世界に帰ることができる。もしもに怯えて何もせずいるくらいなら、ここで動いた方がマシだ。
「どうなるか不確かなのは分かりました。ギゼさん、それでもお願いします」
そう答えたらツルが目を見開いた。なんだそれ。珍しい表情だな。
「……え。史くん、そんな簡単に決めていいんす? もしかしたら全然違うとこに飛ばされるかもしんないっすよ?」
「でも、それを言って待ってても意味ないだろ? 証明はいつまで待っても出来ない」
もしかしたら、待っていたら誰かが証明をしてくれるかもしれない。でも、そこまで待っている間にもたくさんの人の手を止めてしまう。ギゼさんは、本来しなきゃいけない仕事を他の人にお願いして俺のことを調べてくれていた。お願いした人にも仕事があるんだから、そこに仕事が増えて大変だったと思う。役所の人達はいつも忙しそうにしていた。それなのに俺の為に勉強を教えてくれていた。
もうこれ以上は迷惑をかけられない。
「最善は尽くすつもりだけど、肝心なところが史に丸投げですまんな」
「いやいや、ここまでしてくれてありがとうございます。なんか、いけそうな気がするから大丈夫です!」
このときの俺は、自信に満ち溢れた顔をしていたと思う。そんな俺を見たギゼさんは 「いや、それは通らんだろ……」という冷めた顔をした。そこは合わせてほしかった。俺一人ではりきっちゃったよ。
一番お世話になったツルにもお礼を言おうとそっちを見れば、目を見開いたままだった。いや、恐いわ。
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