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第1話

男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり 紀貫之「土佐日記」 って、男が女の振りして書いてたんだよな。 ****  休み明け見慣れない奴が教室に入ってきた。 「あれ、メガネは? コンタクトデビュー?」  すらりとした長身(俺比)に、軽くウェーブの掛かった黒髪の間から切れ長な目をのぞかせて広世が恥ずかしそうに笑った。 「そう、ついにコンタクト。体育祭終わってから家でちょっとずつ練習してたけど両目1.5になった!」  その言葉にクラスのあちこちからスゲーとかおめでとうと言う声が上がった。  教室の隅で友達と話をしていた俺も、クラスメイトの癖に殆ど話したことのなかった広世の変化に声を出さずに驚いていた。  いつもボストンフレームの眼鏡を掛けてた広世の素顔を見るのは、多分今日が初めてだ。  眼鏡の印象ばかりが強くて、頭の中の情報が上手く繋がらない。  そもそも普通科で成績は中の下、ほどほどに楽しくやってる俺と、文系科目ではいつも上位に食い込む広世とは同じクラスという以外接点なんかない。  広世は一年の時の学園祭で、放送部を中心にした有志による朗読ドラマの脚本を書いたことでいっぺんに有名になった。飛び入り自主企画は審査対象外なのに、特別賞までもらってたくらいだ。  企画力と文章力、高いコミュ力で、顔も広いし友達も多い。ぱっと見クールなくせに、面白いこと考え出して人を巻き込んでゆく。  最早ここまでくるとコンプレックスを刺激されることすらない。  話が面白くてノリもいいとか、絶対合コンでモテるタイプ。そもそも合コンなんて行ったことないからわかんないけど、隣には並びたくない。いやいや、それ以前にそんなに興味があるわけでもないないけど。  同じ学校に通ってるけど、あいつは他の星から来たに違いない。  そんな事を考えながら、いい感じに整った顔を見ていた。  近視の人のイメージでつい無遠慮に視線を送っていたら、突然目が合った。切れ長の目をさらに細めてこっちをまっすぐ見ている。  え、と……  男どころか、女の子とだってこんな風に見つめ合ったことない俺としては、何となく気恥ずかしくて思わず目を反らした。 (感じ悪かったかな、でもあのままじっと見てるのも変だしさ)

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