15 / 25

第15話

 6月後半から夏休みまではあっという間に過ぎていった。  7月のクラスマッチに向けた競技別練習に始まり、暑さのピークを迎える下旬には期末テストが待っている。勝った競技も負けた競技も、それぞれ笑って打ち上げをしたら翌日からはテストモードに切り替えなくてはいけない。  友達と不得手な教科をカバーしあったり、みんなで自習室行ったのはいいけど結局あまり勉強してなかったり。駅の待合室で問題出し合って、電車が来るたびに人が減って最後の一人になると寂しかったり。そんな毎日が過ぎてゆく。 「もう来週かぁ......」  家で勉強していても思わず独り言が出てしまう。  数Ⅰでも大変だった数学はⅡになって更に難しくなった。嫌いじゃないけど得意でもない英語は文法がもはや謎の暗号。日本語ならと思って文系に来たのに古典漢文は英語並みに難しい。  今はまだ二年生。来年はきっと塾に行くことになるから、夏休みに遊べるのは今年まで。だから夏休みの補習呼び出しを受けないように頑張らなくては、と思いながらなかなかエンジンがかからなかった。 ****  試験前の週の金曜日放課後、せっかくやる気でいたのに、教室で塾組と話をしてから行った自習室はすでに満席だった。家に帰ってやるか市立図書館に行くか。今日は雨だから、図書館に行くなら親に送ってもらわなきゃいけない。  それも面倒だなって思って歩き出し、ふと思い出した。  商店街の端にイートインのあるパン屋さんがあったっけ。一年の時に行ったきりだけど、あそこはパンと飲み物を注文したら1時間半は勉強できるはずだ。お腹も空いてるし、久しぶりに行ってみて席が空いてればやろうかな。ダメなら家に帰ればいいし。  3つの高校の最寄り駅にある商店街の客は当然高校生が多かった。飲み物一杯で長時間居座られるのをどうにかしようとお店が打ち出した苦肉の策は、帰宅前の生徒たちに案外好評だった。  店内は同じように試験勉強をしている高校生が席を埋めている。ぐるっと店内を見渡しても空きはなかった。  がっかりして帰ろうかと思った時一人が顔を上げた。イヤホンをした広世が虚空を見ながら何かを考えていた。  何秒たったのか、ふと気が付くと目が合っていた。広世の長い指がイヤホンを外すのを見ていた。数メートルの距離があるのに、すぐ近くにいるみたいにきれいに笑う。机の上に広げられたノートや教科書から、しばらく勉強してたんだと分かった。だから、開かれた口から出る言葉も予想できた。 「野原、俺もうすぐ出るからここ座る?」  試験直前で雨の日のささくれだった気持ちの温度が、ふっと変わった。今日広世がここにいて、会えてよかった。  笑顔になっていることに気が付き、急いで普通の顔に戻す。  普通の顔って、どんな顔だっけ。  友達と会うときの顔をしなきゃ、って自分に言い聞かせる。

ともだちにシェアしよう!