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第14話
「あ、つまり何で俺に読ませてくれたの?」
戸惑った表情が安堵に代わり、それも一瞬で消えていつものつかみどころのない笑顔で上書きされた。それから、少しいたずらっぽい目つきも加わった。
「野原の反応を見たかったから」
俺の? 俺がドギマギするのを見たかったってこと?
「ホモエロ小説の反応が見たかったの?」
「BLって言えよ、身も蓋もないな。他の奴じゃなくて野原の反応が見たかったんだ、分かる?」
広世はそれ以上何も言わずに俺を見ている。
全然言ってる意味がわからないけど、いつか見た夢のなかで広世とキスしそうになってたのを思い出して、また心臓がばくばくし出した。緊張で顔が赤くなってるのを見られたくなくて思わず反対方向を向く。
落ち着いて普通の顔でもう帰ろうって言おうと口を開いた瞬間、被せるように声がした。
「小説、よかった?」
振り返ると片足をベンチの座面に乗せて膝を抱えた広世が顔を覗きこんできた。
「あぁ、それはもちろん…...うん」
漆黒の瞳ががきれいだ。目の奥に吸い込まれそうだ。
「エロいって感想もらえて嬉しかった」
ぼんっ、って音でもしたんじゃないかと思うほど自分の顔が赤くなったのが分かる。
何で今更蒸し返すんだよ! 平静を装いたいのに、吹き出したアドレナリンだか何だかで心臓がしずまらなくて目が泳いでしまう。
「なあ、清海で読んだ? それとも先生?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
黙ってると広世は俺の脇腹をつつき、じーっと見つめながら答えを待っている。仕方ないから口を開いた。
「......清海。セクハラかよ。てかさ、広世はホモなの?」
広世は前かがみになっていた身体を起こして背もたれの縁に沿って腕を広げ、斜め後ろから挑発的に俺を見上げてくる。
「さぁ? どうだろ……」
否定しないってことはそうなのか、単に揶揄われているだけなのか。振り返りながら見ると、よく言えば余裕のある、悪く言えばしたたかに何か企んでいそうな表情で俺を見ていた。
「確かめてみる?」
「どうやって?」
それに、何を?
そもそもさっきの俺の質問も結構失礼だった気がする。でもドキドキする高揚感と、微かな(ほんとに微かだったけど)期待を感じて喉が上下した。でも広世は平然としたまま。
「キスして、嫌な気分にならずにドキドキしたらそっから先もできるかも、ってことだろ?」
男とキスして嬉しくなったらビンゴってこと? でもどうやって確かめるんだよ。手近にいる男は俺だけ。
広世の腕が後ろから俺の肩を抱きこんで、背もたれに凭れている身体の横に引き寄せた。シャツ越しに伝わる体温。人差し指と中指が俺の唇にそっと触れた。じっと見つめる瞳に吸い寄せられて目をそらせない。夢で見たのはこんなシーンだっけ?
何か言わなきゃと思って口を動かしたら広世の指を唇で挟んでいた。赤ちゃんが指に吸い付くみたいに。
広世の目がはっとして、困ったような顔で笑う。
「野原の方が誘ってるみたいだな、そんな顔して」
広世の顔が近づいてくる。
息を吸ったけどどうまく吐くことができず、呼吸が浅くなる。唇は触れるか触れないかの所で止まった。
「……初めて?」
広世の、眼鏡してない目が間近にある。
「俺がしていいの?」
して、って? していいのって、何を!
「や……ちょっと、あの、付き合ってもいないのにキスとか」
何言ってんだ、俺! それじゃあ付き合ってたらいいみたいじゃないか?
ぷっ
「あはは、あははははは……そうだよな。付き合ってないのに、キスとか、な」
吹き出した広世はけらけらと笑い出した。
「なんだよ! 何なんだよ!」
「揶揄ってごめん! こんな感じのエピソードを入れようかと思ってたんだ。野原がドキドキしてくれるならうまく書ける気がする。協力してくれてありがと」
じゃあまた明日と言って手を振りながら立ち上がり、歩いて行く背中を目で追った。広世の耳たぶが真っ赤に見えた気がしたのは、俺がテンパっていたせいなのかもしれない。
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