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第13話
準備室の扉を施錠して鍵を隠して、二人で別棟から出た。
歩いてる間、緊張が解けたせいで俺はテンションがおかしくなってたし、そんな俺を見て広世は笑っていた。
「焦った! 変な汗出た!」
「でかい像にぶつからなくてよかったよ、こっちが焦った」
「壊したら赤坂先生泣いちゃうかな」
準備室の扉を開けて壊れた像を見たら、あの先生は怒るより静かにため息をついてから泣きそうな感じがする。
「備品弁償と、赤坂先生を泣かせた罪で慰謝料請求されるな」
「だよね! 広世のお陰で助かった。ありがとう、お礼にジュース奢るよ」
「ははっ、ラッキー」
ふざけて身体をぶつけたり避けたりしながら四阿 に向かう。理由の分からない高揚感で、足裏が地面から浮かび上がるような柔らかい空気が体の中を満たしていた。
あの小説を読んで以来何となく(多分俺が一方的に)意識して気まずかったけど、こうやって普通に話せてることに肩の力が抜けてた。顔が緩んで笑顔になってるのが自分でもわかる。
お礼に買ったアイスカフェオレを差し出してベンチに横並びに座った。部活が休みだからか校内は閑散としている。
何を話せばいいのか、お礼は言ったし、えーっと……頭はぐるぐる回るけれど、空回りするばかり。
紙カップを無意味に回していると先に広世が口を開いた。
「あのさ、この間はごめん。やっぱり嫌な気分になった?」
何が、なんて聞かなくても小説のことだって分かる。
「…… な、んで謝るの?」
「避けてただろ。俺と目合わせないようにしてたから、嫌だったんかな、って。調子乗って送りつけて悪かったよ」
一瞬合った視線がすぐに逸らされる。校舎を見ながら謝っている広世は、少し困ったような、何かを我慢しているみたいな表情だった。
もしかしてもしかしたら、話しかけるのをためらっていたのは俺だけじゃなかったのかな。誰とでも楽しそうに話している広世ですら、そんなことがあるんだ。
気まずく感じてたのは自分だけじゃなかったんだと分かって、ちょっと声を立てて笑ったらびっくりした顔でこちらを見た。
「いーよ、別に嫌じゃなかった。つか、話は面白かった」
何度も確認してくれてたのに適当にうなづいてた俺がそもそも悪いのだし。
「まじで?」
笑いながら何度も頷いたらやっと表情を緩めてくれた。
ほっとした広世と、同じく気が抜けた俺の間をぬるい風が吹いている。
ジュースなんてとっくに飲み終わっていて、ふやけた紙カップを持ったままぼーっとした時間が過ぎてゆく。
「広世は、ああ言うのばかり書いてるの?」
俺の言わんとすることを多分ちゃんとくみ取って、首をかしげながら答えてくれる。
「ああ言うの も書いてる。今は何でも書いてみて、自分がどこまでできるか試してる」
「どこまでできるか、って?」
自分では一度も使ったことない言葉を反芻して、広世が言おうとしている意味を考えた。
「言葉で何ができるか。書いたものって、性別も年齢も関係ないだろ? みんなおんなじ土俵で戦えるって言うか」
「よく分からないけど、挑戦してるんだな」
うんうん、とでも言うように隣で広世が頷いている。
「青くさいこと言って、テスト前にこうやってジュース飲み終わった後もだらだら喋ってるのってありふれたことにも見えるけど、野原とここで一緒に座ってる時の気持ちを大人になってから急に思い出して懐かしくなるのかな。とか、脈絡もなくそう言うこと考えて、そういう瞬間を言葉で標本みたいに閉じ込められたらいいなって思ってる。
その挑戦の一つとしてBL」
広世と違って俺にはそんなことできそうにないけど、一つの疑問が口をついて出た。
「何で俺?」
広世が、一瞬素で動揺したのが分かった。
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