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第19話
花火の後、結局合流せずに二人で隣の駅まで歩いた。
スターマインが終わると観客は最寄り駅に向かって移動を始める。いつもなら一本待って、混雑がわずかにましになった電車で帰るんだけど、今日はまだこの雰囲気に浸っていたかった。
楽しいことが全部終わってしまった、気の抜けた炭酸みたいな緊張感のない空気は嫌いじゃない。
縁石に横並びに座ってミントタブレットをかじりながらサンダルに入り込んだ砂を払い、とりとめもない話をしていた。
「花火ってさ、自分では何にもしてないのに、謎の達成感がない? 見る方も頑張ったぞ、みたいな感じが好きなんだ」
「分かるような気がする。俺は花火の大きい音がまだ聞こえる気がして、楽しかった時間がずっと身体の中に残ってる感じが好き」
「......野原、すげーな」
広世がゆっくりこっちを向いた。酷く真面目な顔で、数回を瞬きしてから何か言いたげに逡巡している。どうした? って聞こうと思ったところで目が合った。
「なぁ、今日早く帰らなきゃいけない?」
早く帰らずに、何をするんだろう? それって普通、女の子の門限を聞く時に言うセリフじゃないのか。ああ、俺自意識過剰なのかな?
すぐに理解できなくてフリーズしていると「おーい、野原再起動しろよ」って目の前で広世がふざけて手を振った。
「いや、んと、別に花火の日だから遅く帰っても怒られない......」
だからまだこのままでいたい、全部先延ばしにしたい。花火の余韻をおわらせるのも、家に帰るのも、広世が桐原さんどう思ってるか知るのも、今じゃなくていい。
「そっか、じゃあのんびりしようぜ」
そんな俺の気持ちには当然気付いてない広世は、ハラショたちに『合流する?』ってメッセージを送ったら、直ぐに『そろそろ帰るから解散でいいよ』と返信があった。
向こうは向こうで楽しく盛り上がったみたいだ。女の子たちは門限があるし浴衣だから、混む前に電車乗れるよう花火終了を待たずに待ち合わせした駅まで送ったらしい。
野原>うまくいきそう?
ハラダ>うまくいった! 広世ありがとう!! 愛してるぜ! 学食で一番高いの奢る!
来週デートする! めちゃかわいい! 嬉しい! かわいすぎて俺多分しばらくあほになる。
あ、山本には同じ質問しないでやってくれ、武士の情けじゃ。
山本>彼氏いるって、最初から言ってくれ......武士の情けで
ハラショのテンションの高いメッセージと、山本の失恋未満なやり取りを読んで大爆笑した。
「うまくいったんだ、よかった。広世じゃなくて、彼女を愛してやれよ!」
一緒に画面を見ていた広世がびっくりした顔したあと、思い切り相好を崩して笑った。何だか泣きだしそうにも見える。
その後はまただらだらと、女子の浴衣の帯はどうやって結んでいるのかとか下らないこと話をしていると、いつの間にか海岸に残るのはカップルばかりになってきた。さすがに居心地が悪くなって、一つ手前の駅まで行こうってことになったんだ。
****
「何かアイス食べたい」
人ごみと、屋台からの熱気や煙で肌がべとべとする。
「駅前にコンビニあるよな。野原は何派?」
「うーん、シャーベットが好きなんだけど、あんまり味がしないのがいい。チョコとかあずきとか練乳系は無理!」
「ははっ、甘いの好きなのに意外だな。俺は何でもいけるけど、沢山は食べれないんだよな。腹痛くなる」
「デリケートかよ」
ま、アイスをガリガリ齧るイメージは確かにないけど。
隣の駅も思ったより人が多くて混んでいてた。駅前のコンビニのイートインに座るのは諦めて、駐車場でさっき買ったダブルソーダを袋越しに持って半分に割った。
手応えで失敗したって分かっていたけど、袋を開けて大きさの違いにがっかりした。
「あーあ、やっぱりうまく割れない」
「はい」って大きい方を差し出したら、一瞬止まってから「さんきゅ」って手が伸びてくる。棒が短いから出来るだけ端を持って渡したけれど、受け取る広世の指と触れ合って胸のあたりの温度が上がったのがわかる。
やわらかい指先、同じくらいの体温。夏の夜の湿度と花火大会の夜の喧騒。そんなものに背中を押されて気持ちが高揚する。
コンビニの照明は妙に明るくて隣にいる広世の顔を直視できないまま、二人して同じ方向を見ながら立っていた。
夏休みは、あと何日あったっけ。
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