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第25話

 人が来るのに気づいて二人とも口を閉じ、並んで写真を見ている振りをした。背中越しに通り過ぎるのを見送ったところで、広世が口を開いた。 「……だから、俺は」  ようやく聞き取れるくらいの小さな声。いつもみんなの中にいて、余裕そうな微笑みを見せている広世らしくない。らしくなさすぎるけど、それがなぜか愛しかった。  ゆるくウェーブした前髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜて後ろにかき上げる。長い指が黒い髪の間を櫛通ってゆく。  それから、何か覚悟を決めたみたいに大きく息を吸ってゆっくりと吐き出し、その手をポケットに収めた。  唇を結び、目を細めて俺をまっすぐに見ている。  眼鏡をかけていた頃、ちょっと眉根を寄せて目を細めるのが広世の癖だった。どうして俺はそんなこと知っているんだろう。そんな風に全然関係ないところに意識を飛ばしていたら、その後の言葉で現実に引き戻された。 「前さ、キスして…...それで、大丈夫なら、って話したの覚えてる?」  スマホを見つけてくれた後、そんな話をしたのを覚えてる。頷いた俺の視界には、かすかに眉根を寄せる広世の顔だけが映っている。 「俺、お前が女の子っぽいとか思ってないし、そんなのが理由で野原が好きとかじゃないから。でも、嫌だったら正直に言ってくれ」 「?」  野原が好き、という一言が心のやわらかい場所に着地し、少しづつとけて身体にしみとおってゆく。  この気持ちは自分だけじゃなかったんだ、って言う安堵に包まれて肩の力が抜けた。  それでもまだ広世が今から何を言うのかわからずに次の言葉を待っていると、困ったな、って顔して手首をつかまれて手のひらを上に返された。 「つまり、こういうことなんだけど」  カタカタとプラスチックの容器に当たる軽い音と一緒に白い粒が掌にこぼれ落ちた。    花火大会の夜と同じミントタブレット。二人でだらだらと話している時間がずっと続けばいいのにと感じた、祭りの後の高揚感が身体によみがえってくる。  同時に、手の上のミントタブレットが一つ、また一つと増えてゆく。  さっきのミントの歌、なんて書いてあったっけ?  頭の中でリフレインし始めたのはうろ覚えの一首だった。 こぼされたミントの一粒一粒が囁いている キスしてもいい?  手のひらのミントと広世の顔を見比べたら、じわっと滲むように自分の頬が赤くなるのが分かった。 「はっ……」  息を吐いたら一緒に変な声が出て、広世が不思議そうな目で俺を見る。 「は?」 「はい……」  ぽかんと口を開いた広世がこっちをじっと見つめている。  思わず返事したのにまたもや自分の勘違いのような気がして恥ずかしくなり、手のひらに転がる粒をまとめて口に放り込んで噛みしめた。    鼻に抜けるミントの辛さに思わず背中を反らせて天井を仰ぎ、大きく息を吸う。 「野原、どうした?」  困惑した広世が心配そうに聞いてきた。  今涙目になってるのは、ミントのせいだから、絶対!  真っ赤な顔を見られないように、両手を膝について俯いた。照れ隠しで声が大きくなってしまう。 「だーかーらー、はいって言ってんだろ」 「え? あ! まじで? でもなんで泣いてるんだよ、野原」  そういう広世の笑顔も泣きそうだった。  地下道で男二人で泣き笑いしながら何やってんだろ。でもこれが俺たちの今のせい一杯の気持ちと言葉なのかも。  いつまでたってもダブルソーダをきれいに割れるようになる気はしないけど、広世が大丈夫って言ってくれる限りそのままの自分でいいんだ。そう思うと、何だかおかしくて泣きながら笑った。 するまえにミントを齧る 俺たちはキスの甘さをまだ知らないから

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