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第24話

 二人が通路の角を曲がったところで広世がこちらを向いた見た。何か言いたげな素振りを無視してガラスの方を向くと、すぐ目の前にさっきの短歌があった。広世が誰かのために書いた短歌だ。 「歌会、楽しかった?」  平静を装って振り向き、出来るだけ意地悪に聞こえないように気を付けながら、声を出してみた。眉を上げた広世は何か言おうとしたけど、すぐに唇を閉じて微笑み、首を縦に振る。  片桐さんはデートじゃないって言ったけど、花火の時の二人の仲良さそうな空気と今日も一緒に遊びに来てたってことに、どうしても気持ちが抑えきれなかった。 「これさ、桐原さんのために書いたんだろ? 花火の時も仲良さそうだったし。今日も一緒だったし…...。かわいいワンピース着てたし。いつ告白すんの?」  頭に浮かんでくるのは、さっき長い髪を揺らしていたワンピースの彼女が広世に向けていた笑顔だった。何も答えは返ってこない。横を見たら広世は真顔で、なぜか怒っているみたいに見えた。 「本気で言ってる? そりゃ今日こんな風に読まれるとは思ってなかったし、うまく書けてないかもしれないけど」  違う、そんなつもりで言った訳じゃない。でも、じゃあ何なのかうまく説明できる気もしなくて、首を横に振るしかなった。 「これのどこをどう読んだら自分じゃないなんて思うんだよ! 俺が書いたって言ったらハラダですら気付いたのに」  強い語気に思わず気持ちを煽られる。喧嘩するつもりなんてないのに、売り言葉に買い言葉だった。 「確かに短歌なんて分かんないけど、ハラショですらってなんだよ! どうせ俺は鈍いよ! 好きで気付かなかったわけじゃ……、そもそもなんで俺のことこんな……何で俺の、お……」  けど、え? 俺のこと?  『そんなはずはない』と『そうであってほしい』の均衡が崩れて、体中の水の流れが大きくうねる。やけに冷静な頭で、自分の鼓動の一拍一拍がくっきりと聞こえてくる。  体の底から明るい色のきれいな泡が湧き上がるような感覚に包まれて、周りが急に明るくなったように感じていた。  そんな俺を真直ぐに見ながら、広世は噛んで含めるように話し始めた。 「前にさ、あずまやで『なんで俺に小説読んでもらいたいのか』聞いたろ? 今答える、答えるからちゃんと聞けよ。 野原、覚えてないかもしれないけど、入学したての時俺の短歌読んでるんだよ」  覚えてる、廊下に貼ってあったやつだ。  職員室の前の掲示板には、スポーツ科の大会実績や特進科の生徒が何たらオリンピックに出たとか貼ってあって、その中に雑誌のコピーがあった。写真も何もついてなくて、何だろうと思ったら同じ学年の生徒だったんだ。 「俺が短歌賞で佳作もらってて、作品が貼り出されてたんだ。それを立ち止まって読んでた。 あの連作、自信あったのに次席にすらならなくてもう書くの止めようかと思ってた。でも、野原が小さい声で「すごっ」って言ってたの聞いて鳥肌立ったんだ」  読んだ時の感覚がよみがえる。こっちだって鳥肌が立ったんだよ。  言葉なんか全然覚えてないし、意味もちゃんと分かってなかっただろうけど、あの時も今みたいに胸を締め付けられたことを思い出した。 「何だそれって言われるかもしれないけど、自分の作品でそんなこと言ってくれる奴が同じ学校で、同じクラスにいるとか、スゲーなって思ったんだよ。だからまた書いて、読んでもらいたいって思ってた。 ああ、そうじゃなくて! 語彙力! もっと言葉があればいいのに!」 「広世に言葉がなかったら、俺なんてどうなるんだよ」 「そういうことじゃなくて、だから」  自然と大きくなっていた俺たちの声に交じって、通路の向こうから話し声が近づいてきた。

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