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第23話
こちらに背を向けている広世がどんな表情をしているのかは分からなかった。ハラショの言葉に首を左右に傾げながら、って片足に体重をかけて立っている。いつも伸びている背筋くすぐったそうに揺れていた。
ハラショのでかい声に一旦顔を上げていた片桐さんは、ふうんとでも言いたげにまた貸しスペースに向き直った。彼女は広世がこれを書いたことをもう知っていたんだ。予想できたことだけど、やっぱり胸が苦しくなる。
「野原くんも全部読んだんだよね。どれがよかった?」
少し迷って、読んだときに心がざわついた一行を指さした。
揺さぶれば溢れるだろう この距離を保ち続ける微かな力
「この句が」といった瞬間、横から「歌」と返ってきた。
ちょっと驚いて隣を見ると、片桐さんがしまったって顔して両手を合わせながら訂正した。
「細かくてごめん、短歌だから句じゃなくて歌、この一首だよ」
そういえば百人一首っていうもんな。
分かったという代わりに頷いて写真に視線を戻した。
「この歌、意味はよくわかんないけど、切ない感じがして、いいと思った」
「広世くんらしい。我慢して我慢して、必死で虚勢張りながら立ってる感じ。揺さぶれば、とか言ってるけど本当は溢れさせたくて仕方ないんだよね、きっと」
正直、片桐さんの説明もよく分からなかったけど、多分褒めてるのと、彼女が短歌を大好きなことは理解できた。
「あたしはここからの、」
そういいながら目の前の額に入っている一番目の歌を指した。
友達になるのはつまりこの恋を成就させないための言い訳で
それから軽やかに移動して最後の歌を指し、「これ!」と言ってからまた隣に戻ってきた。
合わせればダブルソーダになるからさ、いびつに割れてもきっと大丈夫
最後の歌は、たしかダブルソーダアイスが上手く割れなかったけど大丈夫ってやつだっけ。
短歌の話してる時の片桐さんは別人みたいに真剣で、楽しそうだ。本当に好きなんだな。
「最初の歌の強気に見えてめっちゃ弱気でヘタレた感じから、最後に大丈......」
その声にハラショの声が被ってきた。
「桐原さーん、この前はありがと! あのさ、亜衣音ちゃんってもうすぐ誕生日だろ。プレゼントの相談したいんだけどさ」
いつもはそんなことしないのに今日に限って強引に割り込んでくるハラショを咎めるように見ると、「野原は広世ともう少し遊んで来いよ」と親指で広世を指した。
そんな俺たちを交互に見て、桐原さんは少し戸惑いながらも「最後に結句で大丈夫って言い切る、ひたむきな肯定感が好き」とだけ続け、怪訝な顔でハラショの方に歩いて行った。
二言三言交わした後でハラショが突然宣言した。
「じゃあ俺桐原さんにプレゼント選び手伝ってもらうから先帰るわ」
「え、何? ハラダくん、そういうこと?」
「はいはい、そういうことです。後で説明すっから、頼みますわ、桐原さん」
二人で何か納得しあうように頷き合っている。
「じゃあ始業式でな」「野原くんも広世くんもまたね」と歩いてゆく二人の背を見ながら、残された俺と広世は黙っていた。
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