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第22話

広世>用事終わった、今どこ? ハラダ>臥見(ふしみ)駅にいるんだけど。 すぐにスマホが鳴って返信を知らせる。 広世>臥見のどこの?   >ちょっと待てすぐいく 広世>急いでいる  誤字だらけのメッセージにハラショが笑った。 「なんだこれ?えらい焦ってんな」  一分もしないうちに、出口の方から小走りでやってくる広世が見えた。  階段を一つ飛ばしで駆け下りた癖に、貸しスペースに近づくにつれて歩みがゆっくりになる。広世との距離に反比例するように自分の中で緊張が高まるのが分かる。  何となく目が合ったままお互い逸らせずに、距離が少しずつ縮まってきたところで、広世の向こうに誰かいるのに気が付いた。 「あー、野原くんとハラダくんだ」  ちょっと変わった形のワンピースを着た女の子がふわりと微笑んだ。花火に行ったときふわふわした帯をしていた片桐さんだった。  微笑みかけられているのに気持ちが沈むことがあるなんて今まで想像もしなかった。感じのいい相手にこんなに反発を感じるなんて。自分の中にある粘っこくて重たい感情が気持ち悪かった。 「広世、何だよあのテンパったメッセージ」 後ろからハラショの声がして、そう言えば一緒にいたことを思い出した。 「あー、あれは、うん......」 口ごもりながら無造作に頭を掻いているけど、困惑してるのはなぜだろう。  そのまま俺を横目で見ながら通り過ぎ、ハラショの方に行った。一瞬絡んだ視線がぷつんと音を立てて切れたように感じる。行き場のない気持ちを持て余しながら顔を上げると、すぐ近くで写真を見ていた片桐さんがこっちを向いて首をかしげた。 「久しぶりだね」 「うん、久しぶり。広世と一緒に来てたの?」  笑顔がぎこちないことくらい自覚している。 「そうそう、夏休みももう終わっちゃうから、最後の......」 そう言いながら写真の横に書いてある和歌か何かを真剣に目で辿り、嬉しそうに表情を崩した。 (最後のデート?)  何だかもうよく分からなくなってきた。これは広世が書いたんじゃないのか?  どれも自分と広世が知っていることばかりが書かれているけど、本当は桐原さんのことで、俺の記憶がおかしくなってるんだろうか。  少し前かがみになってガラスの中を覗き込みながら、桐原さんは一つ一つの作品を丁寧に見ている。  ノースリーブの夏のワンピースに小さなカーディガン。艶やかな長い髪、賢そうな顔。    女の子な俺じゃなくて、片桐さんは女の子なんだ。そう思うと訳もなく悲しくてたまらなくなる。  沈みそうになる声を振り絞って、居心地の悪い沈黙を無理やり破った。 「せっかく二人で出かけてたのに、邪魔してごめんね」 「二人?」  何その外国語? みたいにこっちを見た目が一拍置いてすっと焦点を結び、けらけらと笑われた。 「ああ! あははははは、デートじゃないよ! カカイ! あ、歌会(うたかい)ね。さっきまでみんなで歌会(うたかい)してたの!みそひともじの方の歌ね」 ころころと転がるような明るい声で説明されたけれど、内容が上手く頭に入ってこない。 「和歌ってこと?」 「和歌じゃなくて短歌。歌人の集まりだよ、広世くんは他にも書いてるみたいだけど」  そう言った片桐さんは、背丈は同じくらいで同い年なのに、俺より大人びた優しい笑顔で広世を見た。 「野原くんだったんだね」  何が? 何が俺だったんだろう。    広世と仲良くなって、楽しくって一人で嬉しくなって浮かれて、でもこんな風に勘違いして…...俺は何を勘違いしてるんだろう?  口を開きかけたところで、広世と話していたハラショがでかい声を出した。 「まじか! これ広世が書いたんか!」

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