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第21話
地元にはないファストフードチェーン店で昼飯を食べてから、映画館と本屋をはしごした。夏休みももう終わるからと思うとここで楽しまなくちゃ、ってテンションも上がる。ハラショと俺それぞれが行きたい店に行った後、折角来たんだから帰りの電車まで靴や服を見ようってことになった。
高校生向けのアパレルショップの入ったビルは一駅隣だから、今いる駅から歩いていくことにした。
お上りさん状態で地下鉄の駅を歩いていると、どんどん人気 がなくなってゆく。
「なぁ、絶対道間違えてるよな」
「うん、案内図見つけよう」
中心街の地下街は古いせいで薄暗くて天井も低い。圧迫感のある空間の先を見ると、向こう側から光が入り込んでいるのが見えた。
「出口じゃん、さっきのとこ戻って…...」
そこで言葉が止まった。ガラス越しの掲示スペースに、額に入った写真と文字が見える。
出口までのまっすぐな数メートル、壁面が期間限定の貸しギャラリーになっていた。
ポエム? 詩?
抜けるような青空を映した写真が目をひいた。
「野原、行こうぜ」
「ああ、ちょっと待って」
じっと見つめる俺に、ハラショが近づいてきた。
「見てく?」
「いい?」
にっと笑って頷いてくれた。
プロじゃなくて仲のいい友達か撮ってくれたような、優しくてあたたかい雰囲気が出ている写真。夏の空だったり、浴衣の女子がはにかみながら話してたり、夜の駅だったり。そんな瞬間を切り取った写真に添えられていた一行の言葉は、写真と付かず離れず、でもどこか繋がってるようなバランスがとれていた。
「この夏は」
友達になるのはつまりこの恋を成就させないための言い訳で
触れたいと願う心を握りしめポケットの中で小銭を数える
次の写真は、ソフトフォーカスで形の滲んだ藤の花だった。
揺さぶれば溢れるだろう この距離を保ち続ける微かな力
房の先から今にも落ちそうな滴に添えられた詩を読んで、気が付いた。これって、ポエムとか詩じゃない。何だっけ、俳句?和歌?
ほしいのだ(きみが)気付いてない内に横で一緒に笑う権利が
ゆっくりと上下している喉笛を食い破るほどの牙も持てずに
雷鳴に背中を押されて立ちあがる君を引き止めるための勇気を
さよならの少し足りない寂しさを嫌われた時の予防線として
まず君の瞳が光り時間差で心が揺れる大輪花火
こぼされたミントの一粒一粒が囁いている キスしてもいい?
合わせればダブルソーダになるからさ、いびつに割れてもきっと大丈夫
一つ読むたびに鼓動が加速してゆく。
違う、偶然だ、どこにでもあるシチュエーションだ。そんな筈ないって自分に言い聞かせているのに、どうしてもその可能性を否定できない。
「へー、面白いな。野原ぁ、これ同い年のやつのらしいぜ。『高二の夏の光と夜を形に残したくて、三十一文字に閉じ込めました』って書いてある」
「三十一文字……って、和歌?」
「そうそう、百人一首だよな。喉笛を食い破る、とか与謝野晶子みたいだな」
ハラショには、女の子が書いたように見えるんだろうか? でも俺には、これを書いたのはどうしても男としか思えなかった。
作者の名前は書いてあるのかハラショに聞こうと思った瞬間、二人のスマホが同時に音を出して震えた。
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