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第1話

 異世界トリップ。小説や漫画の世界では、そこそこポピュラーな設定だ。一昔前に異世界に迷い込む少女の漫画がアニメになったりと、流行したのを俺は覚えている。俺も姉がアニメが好きだったのもあり、一緒に見ていた。  元々、ファンタジーは好きだ。俺は小説を読むのが好きで、最近の小説でも面白そうなのはチェックしていて、最近は素人さんが書いている投稿系サイトまで見ているくらいだ。  素人さんだと侮るなかれ、むしろ商業みたいにテーマが自由度が高いのもあって、投稿サイトの小説はとても楽しいものばかりだった。  ただ、それはあくまで創作の世界であり、現実ではないから楽しめるものである。  そう、自分自身があろうことかトリップし、巻き込まれない限り。 「神子様、本日はご機嫌麗しく」  広い王城内、神子と呼ばれる黒髪の美少年が、金色の鮮やかな髪を持った騎士に恭しく手を取られてキスされているのを、俺は美少年の横で見ていた。 「こんにちは~ アンヘル様~」  間延びした、男にしてはやや高い声が嬉しさを隠せないと言った様子で、騎士の名前を呼んだ。  それを見ながら、俺-葛城徹は顔を引きつらせていた。 (背筋が……っ! 無理だ!)  まるで愛する女性にするような騎士のエスコートに、俺はドン引きしていた。  美少年、彼の名前は伊藤実と言う。高校2年生である彼は、俺と一緒にこの世界に召喚された子だ。俺と一緒に、と言うか、正確に言えば伊藤の召喚に俺が巻き込まれただけなんだが。俺は元々召喚なんてされる予定はなかった存在だった。この世界ランドアースは、剣と魔法の世界であり、魔王の脅威に晒されている。この魔王を討伐するために、神子が異世界から呼ばれる仕組みだ。  神子には破邪の強力な力があり、魔王を完全に滅ぼすことが出来る唯一の存在らしい。 (魔王は100年周期で生まれるらしく、その度に神子が召喚されている)  半年前にこの世界にやってきた俺たちは、最初どちらが神子なのかと騒がれたが、30歳を超える、どこからどう見て平凡な俺と、儚い美少年を見れば、どっちが神子かと言われたら美少年に決まっている。  実際能力を検知する神官が見て、神子は伊藤だと言ったのを聞いて、そりゃそうだろ、と俺は思った。  あれよと言う間に伊藤は神子として担ぎ上げられ、周りのイケメン王族や騎士、貴族、大臣、魔法使いなどが伊藤をちやほやするようになった。  俺? 俺はただのおまけである。何の力もない俺に対する周囲の対応は淡白だ。  この世界は、実は男しかいない世界であり、伊藤を取り囲み口説くようにする人々は当然皆男である。しかも、この世界の平均身長が高いのもあり、皆そこそこ屈強な体躯の持ち主ばかりなのだ。俺は176センチと別段小柄ではない筈なのだが、こちらの世界は平均身長が185センチくらいらしく、俺は間違いなく小柄だった。伊藤に至っては160センチくらいしかないので、そりゃ可愛いと言われるだろう。  伊藤は、元々男性が好きらしいので、この世界はかなり嬉しいらしいが、俺は恋愛対象は女性オンリーである。それもあって、この点だけを考えれば、このおまけという立場には異論がない。イケメンハーレムはいらないからだ。  しかも、神子は一週間後に魔王討伐のために旅立つのである。  おまけの俺は城で留守番だ。  危険な任務に行かなくていいのだから、その点は良い所だ。  この世界に巻き込まれ召喚されたのには、正直ちょっと苛ついたが、魔王さえ倒せば元の世界帰れるらしいので、稀有な経験が出来たと俺は思うようにしている。  遠い目をしながら、色々と思い出していた俺は、俺の袖を引っ張る伊藤の声で我に返った。  どうやら、騎士アンヘルとの会話はとっくの昔に終わっていたらしい。アンヘルは既にいなかった。 「ちょっと~。葛城さん、大丈夫なわけ?」  先ほどとは違った険のある声で、伊藤が俺を睨んでいるのを見下ろしながら、俺は乾いた笑みを浮かべた。 「あ、ああ。悪い」 「本当さ、しっかりしてよね。いくらおまけでもさ、あんたも異世界のヤツなのは変わらないんだよ~? 力がなくて役に立たないんだからさ、せめて僕を引き立ててくれる?」 「わ、分かったよ」  伊藤は俺の事が嫌いである。  神子として注目されるのは自分だけで良いのに、俺がついていたのが気に入らないのだそうだ。  力もないのに、異世界からの人間だと言うだけで最低限の敬意を受けているのが、納得できないのだろう。敬意と言っても、態度は皆そっけないし、表面上のものなのにだ。 ただ、実際、俺は伊藤が魔王討伐の旅出た後、この城でただ食っちゃ寝するだけの仕事が待っているらしいので、まぁそこだけ見れば怒る気持ちも分からなくはない。  他にも平凡とか凡庸とか散々悪口を言われたが、万が一俺が美青年だったりしたら、おそらく今の比ではなく虐められたに違いない。俺は普通でよかったと心から思ったものだ。  何しろ、この伊藤と一緒に旅立つパーティは伊藤好みのイケメンぞろいになるらしい。なるらしいと言うのは、まだ彼らは王城に来ていないからだ。 顔も名前も魔法の水晶の映像で知っているので、彼らが来るならまさしくイケメンハーレムとなるだろう。 そのため、俺が万が一美青年だったりしたら、彼らの一人くらいは俺に好意を持つ可能性もあるわけだ。  万が一フラグでも立とうものなら、俺は伊藤にきっと殺されると思う。  事実、この世界に来たばかりの頃、美青年でもなんでもないアラサーの俺に対して、親切心で優しくしてくれた第二王子と、ちょっと廊下で話しただけなのに、俺はその日の夜、神子の命令で、神子の取り巻きに囲まれボコボコにされたのだから。 しかも、その中の一人には現在進行形で色々と取り返しのつかない、アレな扱いを受けている。    また、余談だが実は第二王子は既婚者であり、お后様が既にいたりする。 第二王子と同じくらい体格の良い、男らしい印象の愛する者が、だ。 第二王子は、可愛い系や綺麗系は好みじゃないらしいので、つまり、どんなに伊藤が思おうとも靡く事は無かっただろう。俺もぼこられ損である。 その上、リンチが切欠で、取り巻きの一人から執拗に執着される結果となったのだから、伊藤はやっぱりむかつく! しかも、最近伊藤からの当たりが心無しか一段とキツイのが不愉快だった。 (俺、何かしたか? 心当たりないが)  だが、このまま、伊藤が魔王を倒してしまえば、俺は元の世界へ帰ることができる。  それだけを思い、俺は今耐えているのだ。

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