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第1話
鼻を付く独特な臭いに、俺は鼻をひくひくさせながら、あたりを見回した。
「うわー、すっごい、硫黄の匂い!?」
「すぐ近くに源泉があるのよ」
和枝さんの言葉に、俺は視線の先を見やった。広々とした道に、いっぱいの人々。観光客らしい姿の中には、ちらほらと浴衣姿の人たちも見える。
橋のすぐ下は川になっているようだったが、すでにそれが温泉のようだった。湯煙があちこちに立ち上り、その雰囲気だけで、本当に温泉地に来たんだと実感する。
「まずは宿に行こう。こっちだ」
「あ、荷物持ちます!!」
俺は和枝さんの荷物を受け取って、広瀬の父、辰己さんの後に付いていった。
「家族旅行にお邪魔しちゃってスミマセン」
「良いのよぅ。和己は一人っ子だし、一人じゃ面白くないらしくて。特に、温泉でしょう? この子は興味が無いみたいなのよ」
和枝さんの言葉に、広瀬はあくまでもしれっとした様子で、淡々と石畳の道を歩いていく。
俺はその横顔を眺めつつ、ほう、と息を吐き出した。
広瀬の母、和枝さんから旅行の提案をされたのは、先週の事だ。
久しぶりの家族旅行をしたいらしい両親に対し、気乗りじゃない広瀬を見た和枝さんが、じゃあ、俺を誘おうという話になったらしい。
確かに、和枝さんにしてみれば俺は、最近仲良くしている友人なのであろうし、ちょくちょく家に出入りしては、イベント事にもちゃっかり参加しているので、違和感なく誘おうという事になったのだろう。だが、俺としては突然の家族旅行に、ちょっとだけビクついている。
何しろ、広瀬は広瀬なので、まさか両親が居る前でナニやらかにやら、やらないとは思うけれど。
そこは広瀬なので。
俺としては、お構いなしの恋人を信用していない―――ある意味では、信用しているのである。
(ま、まあ、さすがに、両親の前では――――)
そう思ったが、前科を思い出して、思わず赤面した。
以前、夏に友人ら7人で海に行った時。
(――――篠原が居るのに。やらかしたんだっけっ……!!)
しかも篠原、あの時は寝ぼけた振りをしてくれたが、実際は起きていたらしい―――。
本当に、最悪である。
広瀬とするのは、もちろん嫌じゃない。
触って欲しいし、ちょっと痛いのも、「証」のようで、安心できる。
でも、海での一見やら、祭りでの一件やら――――。
(エスカレート、してる気が………)
俺は一人「ううう」とうなりながらも、穏やかに会話する広瀬の両親の後をくっついていったのだった。
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