「サイッテー」 ベチンッ、と自分の頬が微妙な音をたてたのを聞いた。 実は、バシッ！て鳴るやつは音は派手だけど、痛さはそうでもないんだよな。それよりも、今みたいに衝撃を外に逃がさないように無駄な動きを排除した一発の方がよっぽど痛い。 顎が外れそうだと思いながら、人をより痛めつける方法を熟知している目の前の女を眺めた。 「やっぱアンタ駄目だわ。三股なんかかけてた時点で見切りつけとくんだった。今度は十八股って。六倍になってるじゃないのよ」 豊満な胸にくびれた腰、抱き心地のよさを思い出して、俺は思わず品定めするように女を見る目を細めて、顎に手を当てていた。 女───たった今見切りをつけられたらしい元カノは、その視線に気付いて顔をしかめる。 「ほんっと、顔と体だけよ信(まこと)。名前負けもここまでくると笑えるわね」 「名前は自分でつけられないだろ？それができるってんなら絶対信なんてつけねーな。誠実でも信じられる男でもないし」 「開き直ってんじゃないわよ」 もう一発喰らった。痛ってー。 ほとほと愛想が尽きたという様子で女は背を向け、喫茶店を出て行った。そう、ここは一応公衆の面前である。 「色男は大変ねぇ」とおばちゃん軍団が談笑しているのがわかったが、それに苦笑して冷めたコーヒーを口にした。 落ち着いた女で良かったが、少し疲れた。 俺の“これ”は生まれつきの性だ。