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第10話

それからの隆春は、まさに猛攻と言うに相応しかった。時間を作っては少しでも深青の顔を見に来たがり、会えない日には電話、それも叶わない日はメール、と高校生の付き合いでも今時はもっとドライだろうと思うほどである。  けれど、うんざりするほどしつこいかと言えばそうでもなく、深青は空いた時間には隆春のメールを気にするようになっていた。メールの文面を見れば、声が聞きたいな、と思うようになり、声を聞けば顔が見たいな、と思うようになるまで、さほど時間はかからなかった。  あの手この手を駆使した隆春の攻勢から一ヶ月ほど経った頃のことである。 「お前の付き合う、ってどんなのを言うんだ? 知ってると思うけど、俺、男だぞ」  SNSで時間を調整し、終電間際までターミナル最寄りのコーヒーショップで会うだけの関係に、深青の方が疑問を抱き始めていた。アルコールは深青が舐める程度にしか飲めないし、男二人でカラオケというのも気持ち悪い。  深青は母の介護ついでに夕食を済ませているが、隆春がどうしているのかは分からなかった。コーヒーショップでバゲットサンドを食べていることもあるけれど、あれはたぶん夜食だろう。  こんなことを深青の方から聞き出すのも今更な気がするし、今となっては『土下座されて付き合ってやっている』と言うよりは、『土下座させてしまった』感の方が強い。そもそも深青は、誰かより上位に立って誇るタイプではないのだ。 「ん……、とりあえずは、言葉の裏を読まないでくれるとこからかな。ほら俺、マイナススタートだろ? 仕方ないとは思うよ。でも、はっきり言ってくれればいいけど、黙って裏だけ読まれるのは辛いかな」  言葉の裏を読むだなんて、誰に対しても少なからずやっていることだ。家族である母の言葉でさえ、深青は裏を読んでいる。隆春に対してそれをやめるだなんてことは、想像もつかなかった。  いや、浅い人間関係を好まない深青だからこそ、誰の言葉でも裏を読むのかも知れない。深青とて、知り合い程度の人間の言葉の裏まで、いちいち考えてはいないからだ。ということは、深青は隆春を少なからず意識しているということになる。 「……言葉の裏なんて……、読むだろ、普通。確かに二手先、三手先まで読む俺は神経質なのかも知れない。でもそれは……嫌われたくないから」  空になった手元のコーヒーカップを両手で撫でながら、小さな声で深青が言った。返事がないので恐る恐る目線だけ上げると、びっくりしたような隆春と目が合った。隆春はどこか寂しそうに眉尻を下げたまま、深青に笑ってみせる。 「深青、好きだよ。俺と付き合って」  深青たちのほかにはもう客のいないコーヒーショップの店内で、隆春に二度目の告白をされた。 「……いいよ」  本格的な夏を迎える前に、深青は隆春と付き合い始めたのである。

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