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森の中の家 1
そういうわけで、俺は多少ましにはなったとはいえ、まだ人の声が怖かったので、森で出会った男がしゃべれないとわかり、その声を聞かなくてもいいのだと思って、ほっとしてしまったのだ。
この人もしゃべれないことで苦労しているはずなのに、自分勝手な理由でほっとしてしまい、自己嫌悪する。
俺がそんなことを考えていることなど知らない男は、さっきまで使っていたらしいクワなどの農作業道具を物置代わりらしい木箱にしまうと、自分の荷物を持って広場の向こう側の森の中に続いている道を指差した。
「あ、はい、ついて行けばいいんですね。
よろしくお願いします」
男は俺の言葉にうなずくと先に立って歩き出した。
森の中の道は狭くて2人並んで歩けないので、俺は男の後ろを歩く。
男は大柄だから歩幅も大きいが、見るからに疲れた様子の俺を気遣ってか、ゆっくり歩いてくれている。
しばらく歩いていると、また森の中の広場に出た。
広場には木でできた小さな古い家が建っていて、周りに畑や井戸もあり、その家で人が生活していることがうかがい知れる。
男は迷わず家のドアを開けると、振り返って俺を手招きした。
森の外か近くの町に連れて行って欲しいと頼んだのに、なぜ森の中の一軒家に連れて来られたのだろうとは思ったが、それでも今の俺はこの男に頼るしかないので、おとなしく家の中に入る。
家の中は一部屋しかなく、台所や食卓やベッドなどがある。
たぶん彼はここで一人で暮らしているんだろう。
男はベッドを指差してから、両手を合わせて耳の横にくっつけて首をこてんと傾けて、眠るという仕草をしてみせた。
熊みたいに大きな男がそんな仕草をすると、ギャップのせいか妙に可愛くて、笑いそうになってしまう。
「えっと、寝るってことは、今日はここに泊めてくれるってことですか?
もしかして、町までは遠いんですか?」
俺がそう尋ねると男はうなずいた。
「あー……そうなんだ。
それじゃあ、すいませんけどお世話になります」
俺がぺこりと頭を下げると、男は気にするなと言うように微笑みながらうなずいた。
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一晩お世話になるのに何もしないわけにもいかないので、男が夕飯を作るのを手伝った。
とは言っても、台所は当然ガスコンロなんかじゃなくてかまどだったので、俺にできるのは男が見本を見せてくれる通りに野菜の皮をむいたり切ったりすることくらいだ。
一人暮らしを始めてからは節約のために自炊をしていたから一応包丁は使えるけれど、まだそんなに慣れてないから、慣れた手つきの男に比べると子供の手伝いくらいにしか役に立っていない。
それでも男は手伝った俺に、ありがとうとでもいうように微笑んでくれた。
晩ご飯は干し肉と野菜のスープとちょっと固くなったパンだった。
質素なそのスープは何だかほっとする味で、お腹が減っていたこともあって俺は2杯もお代わりしてしまった。
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