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状況説明 2
男は俺と同じように異世界転移してきたイギリス人だった。
ここはこの国が異世界人を集めて閉じ込めている建物で、地球の様々な国からこの世界に飛ばされてきた人たちが10人ほどいるそうだ。
『この世界には時々僕たちのような異世界人が現れるそうなんだ。
異世界人はこの世界の人たちにとっては利用価値があるから、こうして集められて囲われることになる。
君をここに連れてきた男、彼は日本語が話せただろう?』
『はい』
『彼はね、魔術師なんだ。
この世界の魔術師というのは、あらゆる言語を──この世界の言語だけでなく、彼らにとって異世界である地球の言語までも、自由自在に使いこなすことができる。
そして、彼らは魔法の呪文の代わりに地球の歌を使うんだ。
どういう理屈なのかはわからないけれど、彼らが地球の様々な言語の歌を歌うと、それぞれの歌の歌詞の意味に沿った効果の魔法が使えるらしい』
『そう言えば、俺を連れてきた男は、英語の歌を歌って空を飛んでいました。
歌詞にflyって入ってた気がします』
『うん、そういうこと。
だから彼らは、できるだけ多く地球の歌を知るために、僕たち地球の人間をここに集めているんだ。
だから自分が知っている歌を魔術師に教えれば、代わりに欲しいものをもらえたり待遇が良くなったりする。
君は日本人だと言ったね。
日本人はここ何年かはこの国に現れていないはずだから、最近の日本の歌を魔術師に教えれば、かなり優遇してもらえるはずだ』
『えっ、けど俺、歌は得意じゃないから、あまり知らなくて……』
もともと歌はそんなに聞く方じゃなかったし、声恐怖症になってからは全く聞いてないから、歌を教えろと言われても困ってしまう。
『なんでもいいんだ。
映画の主題歌でもコマーシャルソングでも、歌詞さえ入っていれば短いものでもいい。
とにかく、一曲でも多く思い出すんだ。それが君自身のためだ。
ここは自由こそないけれど、魔術師に逆らわず歌さえ教えていれば、そんなに悪いところじゃないよ。
働かなくても食べ物はもらえるし、見張りはつくけど中庭で運動もできるし、普段は自分の好きなことをしていたらいいんだ。
実際、僕もこうして好きな絵を毎日描いていられる。
まあ、絵を描いても誰にも見てもらえないけどね』
『そんな……』
確かにそれはある意味楽な暮らしだと言えるかもしれない。
けれども、こんなふうに窓もない部屋に閉じ込められて、中庭で運動する時しか外に出られないような自由のない生活に、普通の神経なら耐えられるはずがない。
目の前の男が妙に老けていてくたびれた感じがするのも、きっと何年もここに閉じ込められていて、すっかりまいっているからなのではないだろうか。
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