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ありふれた朝(side:テディ)
目が覚めると、隣から穏やかな寝息が聞こえてくる。
昨夜の艶っぽい表情が嘘のようなあどけない寝顔に、自然と頬が緩む。
恋人のかわいい寝顔をしばらく堪能した後、俺は和生を起こさないようにそっとベッドを抜け出して、窓辺に立った。
出窓に置かれた何も植わっていない土だけの植木鉢にそっと触れてから、俺は小さな声で歌い出す。
和生が俺に初めて教えてくれた異世界の歌、チューリップの歌を。
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和生と初めて出会った時、彼が異世界人だということはすぐにわかった。
その時の俺は声が出なくていう魔法は使えなかったものの、魔術師としての能力は残っていたので、和生を目にした途端、頭の中に自然と『日本語』が浮かんできたからだ。
和生は最初は俺のことを怖がっていた──その時は俺の見た目を怖がっていると思っていたのだが、後から声恐怖症だからだと聞いた──が、家に連れて行き話をする頃にはもう俺を怖がらなくなっていた。
そんな和生に、街に行けば異世界人は捕まって閉じ込められるのだと教えたのは、もちろん親切のつもりだったのだが、今にして思えば、そう言えば和生はこの家に居てくれるだろうという下心もあったかもしれない。
とにかく和生はそのまま俺の家に住むことになり、彼が毎日がんばって俺の仕事を手伝ってくれる姿や、色々なことを楽しそうな俺に話して聞かせてくれる様子を見ているうちに、俺は徐々に和生に惹かれていった。
結局、和生の発作がきっかけになって、俺たちは恋人同士になることができたのだが、もしも俺が声の出ない魔術師でなければ、あるいは和生が声恐怖症の異世界人でなければ、おそらく俺たちは結ばれることはなかっただろう。
そう考えると、俺と和生には不思議な縁があったのだなと思う。
正直に言えば、それまでは自分に魔術師の才能などなければよかったのにと思っていたが、今では自分が魔術師だったことに感謝している。
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俺がチューリップの歌を歌うと、植木鉢から緑色の芽が3つ出てきて、にょきにょきと伸びて蕾をつけた。
初めてこの歌を歌った時は、和生を助けるためにかなり無茶な使い方をしたので大きな魔力を必要としたが、こうして異世界のチューリップが本来あるべき大きさの花を咲かせるくらいなら、それほど魔力は必要としない。
歌い始めると同時に頭の中に浮かんだ色とりどりのチューリップの中から、オレンジ色の花を選んで意識を集中させて歌っていると、ベッドの方から人が動く気配がした。
歌はやめずにそのまま振り返ると、和生が起き出してベッドから降りたところだった。
和生はそのままこちらにやってくると、俺に寄り添いながら、ゆっくりと花開いていくチューリップの花を見つめる。
「すまない。
起こしてしまったな」
チューリップの花を咲かせ終えてから歌をやめて和生に謝ると、和生は首を横に振った。
「ううん、どうせそろそろ起きなきゃいけないし。
それより、今日はオレンジなんだ。
綺麗だね」
笑顔でそう言う和生に、俺も笑みを返しながら「ありがとう」と答える。
「あ、忘れてた。
おはよう、テディ」
「ああ。おはよう、和生」
「俺、お腹減っちゃった。
早く着替えて朝飯に行こうよ」
「ああ、そうだな」
こうして、いつもと同じように、俺たちのごくありふれた幸せな1日が始まるのだった。
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