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第1話

 首輪が付けられていた。金属のチョーカーで見た目の割に重量感がある。少年はガラス越しの白い服で統一された大人たちを見つめる。大人たちは手持ちのボードやコンピュータに忙しく少年を見ていなかった。ウィーンと開いた扉から、少年と同じ背格好の少年が現れる。同じく首輪が付いていた。カーキ色の粗末な布1枚を身に纏い、まるで鏡のように思った。ガラス越しの大人たちがやっと少年2人に意識を向ける。白かった電気が赤く染まり、スポットライトがぐるぐる部屋を駆け回る。警報がなる。部屋の扉の自動ロックがかかったと無機質な高い声が告げた。  Z-ONは背中に繋がれたらコードをぶちぶちと引き抜かれて、やっと自由に走り回ることが出来た。関節部がギシギシと軋む。肘を伸ばすたびにカツン、カツンと金属の音がする。白い服の大人が服を着せる。 「世遠(ぜおん)。言えますか。世遠(ぜおん)」  金色のふわふわとした髪にエメラルドグリーンの瞳をぱちぱちと瞬かせ、世遠は頷いた。 「今日から新しいおうちに行きます。いいですね?」  世遠はまた頷いた。黒髪に黒縁眼鏡の無精髭の男が優しく世遠の頬を撫でる。12、3歳程度の人間の柔肌を模した特殊なシリコンで出来ている。無精髭の男は満足そうに暫くその人工的な肌を親指で楽しんだ後、世遠を首の後ろからコードで繋ぎ、世遠にとっての家から連れ出した。長いエレベーターで地上へと上がる。 「世遠はどんなおうちに行きたいかな」  無精髭の男は問う。世遠には分からなかった。出来ればどんなおうちにも行きたくなかった。生まれて育った無機質で寒いガラス張りの部屋で壁から伸びたコードに繋がれたまま生活していたかった。無精髭の男は車に乗せる前に、眉を動かして世遠を見る。屈みこんで、エメラルドグリーンの双眸を見つめてから、小さな顎を指で掬った。男の指が小ぶりな唇に触れ、口を開かせる。無骨な親指と人差し指が小さな口腔へ容赦なく入れられた。 「これで喋れるかな、世遠」  男の指に摘まれ、世遠の口から出てきたものはブルーの透明なマウスピースだった。 「――(にち)、10時48分37秒、天気は晴れ、湿度52%…」  一度歯全体が軋んだが、動き出すと段々と滑らかになる。無精髭の男はマウスピースを雑に白衣のポケットにしまう。連れて行かれた場所は古い屋敷だった。 「ここに世遠の新しい御主人様がいるんだよ」 「世遠の御主人様…」  髪をくしゃりくしゃり撫でられる。その手は少し乱暴だった。山道を少し歩き、立派な門をくぐる。門から玄関までも随分と長かった。 「新しい御主人様の、久城九倫(くりん) 様だ」  出迎えたのは美しい青年だった。黒髪を靡かせている。無精髭の男と世遠を見て、小さく頭を下げた。 「久城様?」  世遠は久城九倫という新しい主人を眺める。白く細い首に手の関節が軋む。 「来島様、お待ちしておりました」  広い家に九倫は1人だった。世遠の人感センサーでは1人しか感知されない。 「じゃあね、世遠。元気でやるんだよ」  無精髭の男は世遠の首の後ろからコードを引き抜く。黒縁眼鏡の奥の切れ長の瞳が細まった。世遠は頷く。無精髭の男は白衣をはためかせ、広く逞しい背中を見せる。人間だと思って、指先の爪が引っ込み、鋭い刃物が代わりに伸びる。指の関節のブースターが少しずつ熱を持ち始めたが、後ろから伸ばされた手に阻まれる。 「世遠、かわいい世遠」  抱き起こされる。 「久城九倫様」 「九倫とお呼びください」  世遠は頷いた。 「九倫」  九倫は微笑む。 「世遠は何が好き?」 「何が好き?」  世遠は繰り返す。九倫は世遠を抱き上げたまま屋敷へ上がる。床が軋んだ。 「世遠」 「はい」  世遠の部屋だよと連れられて行ったのはベッドがひとつ部屋にあるだけの日向の部屋だった。窓の真下にあっても眩しさはなさそうだ。壁からコードが伸び、部屋の隅には世遠と同じ背格好の人形が鉄板やネジを露出して四散し転がる。ベッドに下され、ベッドが大きく軋む。ベッドのマットレスの下の鉄網が悲鳴を上げ続ける。九倫は構いもせず世遠の髪を丁寧にゆっくり撫でた。  世遠は視界を見渡した。天井に張った蜘蛛。分析。天井に使われた材木。分析。床、ガラス、ベッド、マットレス、花瓶。材木、材質、素材、メーカー。分析。情報の検出。首を回して、九倫を捉える。九倫に目元を覆われる。 「検出完了しました。アダンソンハエトリ、通称家グモ。雄は5――」 「世遠」  九倫の優しい声に世遠の分析、検出は中断される。 「九倫」 「かわいい世遠」  目元を覆われ、九倫の低い体温に包まれる。髪の中に顔を埋められた。 「お出掛けしようか」  無精髭の男・来島に着せられたフリルの多いシャツとカーキグリーンのベスト、ダークグレーのリボンタイを九倫は綺麗に整えた。手を繋がれ、邸内を歩く。何もない。誰もいない。積もった塵。狐の剥製。分析。収集。検出。九倫に肩を抱かれ、中断する。人感センサーは反応しない。 「九倫はひとつ」 「1人だよ。でもこれからは世遠がいる」  九倫は柔らかく笑った。世遠を連れて屋敷を出る。 「世遠は何歳?」  データベースにアクセスする。製造月日として登録された日と今日の日付けを照合する。人間の文化、文明、風習に置換する。 「17歳」  たどたどしく答える。備考のファイルを発見し、読み込む。音声データだった。 「当アンドロイドは12歳の少年をモデルに作られております」 「かわいい世遠」  九倫は世遠の前に屈み、目線を合わせた。アイスグレーの瞳に世遠のエメラルドグリーンが映る。  街に向かう道中でも目に入るものを分析しはじめ、九倫に中断される。昼飯時の街中に漂う料理の匂い。九倫に手を引かれ、成分分析しながら歩いていく。爆薬、毒物としての危険性は低い。行き交う人々の顔写真と個人情報が分析されていく。身長、体温、酒気、放射能濃度が表示されていく。 「どこに行きたい?」  九倫が訊ねる。この地域に登録された飲食店、衣料品店、レジャー、ショップが評価の高い順に選び取られていく。 「飲食店47店、衣料品店14店、レジャー6店その他23店がヒットしました」 「それなら、映画を観よう」  九倫は世遠の小さな手を引いた。映画館に入って、ポスターに写る俳優たちを顔認証し、出演作や来歴、人物像がヒットする。九倫は何も問わないため、集められたデータを破棄する。九倫は映画館に寄る前につば付きの帽子と、それに合うカットソー買い与えた。九倫は無言でつばを掴んで深く被せられる。視界が狭まり、九倫の顔も見上げなければ見えなくなった。  シアタールームから人が出て行く。ポップコーンやチュロスの匂いが漂った。九倫に手を引かれ世遠は明るい世界に戻っていく。 「楽しかったね」  九倫は静かに言った。観たタイトルのレビューを掻き集める。評価を表す星は平均して3.5個。楽しかった、楽しくなかったどちらのレビューが多数か。 「うん」  世遠は同意した。シアタールームで奪われた帽子をまた被せられる。 「世遠は映画、好き?」  データベースにアクセスする。どのように設定されている。映画は好きか否か。特筆されていない。 「分かんない」  九倫が笑ったが、帽子に阻まれ見ることは出来ない。 「かわいい世遠」  帽子の上から頭を撫でられる。機動と分析と検出で起動したままのアプリケーションに、熱が帽子の中で籠った。九倫は世遠を抱き上げる。シアタールームからロビーに降りるエレベーターがジジ…と擦れる音がした。近くの公園で帽子を目深く被せられ、座った。そのうちしなやかな手に促され、九倫の膝に頭を乗せられる。 「世遠はアンドロイド。九倫、ぜひ世遠の膝に」 「世遠、かわいい世遠。おやすみなさい」 「おやすみなさいませ。スリープモードに入ります」  九倫は世遠の頬を撫でる。九倫の長く濃い睫毛が伏せられる。 「じゃあ私も、スリープモードに入ります」  そよ風が吹く。金の髪と黒の髪が揺れる。  邸宅に戻り、世遠は首の後ろを開かれる。壁から伸びたコードが繋がれる。ベッドに座る世遠は目隠しをされていた。視覚ユニットが作動しない。音声プロセッサの感度が上がる。足音で九倫を認識する。 「九倫」  九倫の音が近付き、目の前にやって来る。コードを繋いでいるため開かれたままの頸にチップを差し込まれる。 「かわいい世遠」  髪を撫でられ、目隠しを外される。エメラルドグリーンの双眸が強く光りを放っていたが、段々と光量が調整され暗くなっていく。 「おはよう」 「おはよう九倫」  白い顔を綻ばせ、九倫は世遠を撫で続ける。目に入るものを解析するプログラムが遮断されている。 「調子はどう?」  プログラムにアクセスしコンディションを確認する。良好だ。 「いいよ」  九倫は世遠の髪や頬、耳の裏を撫で微笑んでエメラルドグリーンのレンズを眺める。 「九倫の調子はどう」 「いいよ。ありがとう。世遠はいい子だね」  肩を抱かれる。買い与えられたカットソーの裾から白く薄い手が入っていく。触感センサーが反応し、世遠は九倫の顔を覗き込む。顔認証で瞳の位置を判断し、薄いグレーの双眸を見つめる。 「九倫」  プログラム通り、世遠はベッドへ仰向けに寝転んだ。カットソーの裾を摘み上げ、特殊なシリコン素材で覆われた腹部と胸部を外気に晒す。九倫はベッドに乗り上げる。 「世遠、かわいい世遠。私の恋人になってくれる?」  半裸を晒す世遠に九倫は覆い被さり、首に触れる。登録された人物と目の前の人物の認証、言語を解析し、設定されたキャラクターに置換し、切り替えられたモードに則して出力される。 「九倫の恋人にさせて?」  九倫が笑う。冷たい手がシリコンの上を滑る。高感度センサーを搭載した胸元をいじられ、組み込まれた音声が出力される。 「あっ…」  高感度センサーに反応し、干渉する四肢が軋んだ。九倫は微笑みを浮かべたまま世遠の胸の突起を指で押す。 「やっ…ああっ、」  センサーを抓られ、内部に電流が走る。 「気持ちいい?」  質問の内容を解析する。人間の感覚と照合、置換する。頷いた。下腹部が電流に反応し膨張していく。器官に生理食塩水から作られた擬似体液が供給され、溜まっていった。 「う、ん。きもち、い…」  人工涙液が視覚ユニットの防水レンズを濡らす。 「世遠…かわいい世遠…」  九倫が胸のシリコンをいじりながら顔を近付ける。唇が触れ合う。粘性のある擬似体液が口腔内に滲む。 「九倫、好き」  登録された名を使い、この行為に必要だと多数のアンケート結果から抽出されたデータに則り、プログラムされた言葉を吐く。特殊なシリコンに微熱が通される。 「世遠…」  胸元よりもさらに高感度センサーを搭載された股間を撫でられる。腫れ上がると触れたものが電気に変換される。股間部が膨らみ上がると歩行が困難になってしまう。 「あっ…ん、そこは…ッ」  導入されている様々なケースから類似したものを選び取る。九倫はただ微笑むだけだった。無精髭の男に履かせてもらった膝丈のスラックスを世遠は脱ぎかけ、その手をしなやかな手に取られると、ゆっくり脱がされる。脚を抜け、布はベッドから落ちた。世遠が履いていたのはその1枚だけだったため、小さく熱(いき)り勃つ筒状のパーツがぴんと天井を向く。桜桃のような双玉に人工的な液体が送り込まれる。 「九倫…」  九倫は衣服を脱いだ。白い肌が露わになる。 「かわいい…」  ベッドが牛のような鳴き声を上げる。鉄製部品と擬似体液を内蔵している世遠は90kg近くあった。ベッドの耐荷重を超え、それでもまだ持ち堪えている。九倫は世遠の細い腰を掴み、跨いだ。 「世遠…っ、世遠、私の世遠…」  苦しそうな声を上げ、世遠の腫れ上がったシリコンを飲み込んでいく。人間には排泄のための器官であり、男体モデルの世遠には性的な用途を目的に作られている。顧客リストの試験データでは、肛門性交の他に肛門内から飲食をする癖を持った者がいる。下腹部に乗る九倫の冷たい身体を支えた。キツく締められる結合部が世遠の超高感度センサーを刺激する。摩擦が数値化され、基準を満たすと世遠の膨張したシリコンが破裂する。 「九倫、出る、世遠、もぉ、出る…、」  音声警告データとして扱われているが、陰茎を模した部分の擬似体液放出前のアナウンスだった。九倫の腰が上がり、下がる。基準値へ近付いていく。 「世遠…、かわいい…世遠…」  九倫が動き、ベッドは大きく軋み、世遠は九倫を抱き寄せる。本物の精液を注入すれば、自然受精させる機能があるため、ソフトウェアに組み込まれている。 「も、出る…出るよ、出る…っ」  警告音にすり替えられている音声データが出力され、カウントダウンが始まっている。 「世遠、かわいい世遠…っ」  世遠は九倫を突き上げる。ベッドが高い音を上げている。ガキン、と音を立てベッドは傾いた。優先順位が九倫の避難か、現在実行中の作業の継続か素早く判断される。九倫を突き上げ続ける。 「も、九倫、九倫、九倫…」  基準値を上回った。九倫の中へ擬似体液が放たれていく。 「…っ、世遠…かわいい世遠…」  傾いたベッドの上で体重を預けられ、所有者の体躯を受け止める。 「九倫、とても気持ちよかった…」  髪を撫でられる。かわいい、かわいいと繰り返し、抱き締められる。コードからの電流を供給されたままの急速な機動によって世遠の身体は熱くなった。 「世遠…かわいい世遠…」  九倫が身体を起こし、ベッドの上から世遠を抱き上げる。息を整える九倫の頬を世遠は触った。特殊なシリコンによってさらさらと粉を吹く。 「九倫とまた、したい」 「そうだね世遠。いっぱいしようね」  黒い髪に唇を落とす。首の後ろのコードを引き抜かれた。 「九倫」 「疲れただろう、おやすみなさい」 「スリープモードに切り替えます」  世遠の瞼を閉じ、九倫の腕の中へ倒れる。 「世遠…かわいい世遠…」  眠る世遠の首の後ろを上げ、チップを抜き取り、別のチップを差し込んだ。

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