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第2話
世遠の金色の睫毛がぱちりと開く。エメラルドグリーンのレンズの奥に光が灯る。
「世遠、よく眠れたかな」
「うん!九倫はちゃんと眠れた?」
「ありがとう、眠れたよ」
九倫は微笑み、世遠の顔を掌や手の甲で幾度か撫でた。
「かわいい世遠」
「今日は何をするの?ご飯作る?お片付け?お洗濯?」
困った笑みを向けられ、世遠は顔認証する。喜怒哀楽のパーセンテージがどれもエラーで意図が読めず、世遠は固まる。ただ瞬くだけ。
「一緒にいて。それだけだよ、世遠」
抱き締められ、フリーズから戻る。
「うん、世遠、九倫とずっと一緒にいる!」
「どう、研究結果は取れてます?」
暗い研究室の中で、いくつも並ぶモニターの光だけを浴び来島は茶髪の少年の髪を撫でながら電話の相手に問う。茶髪の少年は、型番I-10-0のプロトタイプで名を愛永遠 といった。来島の膝に頭を預け、ただひたすらに猫のように撫でられ続ける。
「傲慢だなぁ、人間は。神にでもなったつもりみたいだ」
鼻で笑い、茶髪の少年の髪を掴む。
「人の形に情を見出す、素晴らしい感動商業だよ!」
愛永遠の髪を掴み、壁に向けて突き放す。愛永遠は平衡感覚を保って転ばず、体勢を立て直し来島の膝へ戻った。
「プログラムされた行動!取捨選択された機能!交換可能な部位!最高だな?人間は要らなくなる!…じゃあ何のために人間は存在する?」
膝に戻り床に座った愛永遠の髪を掴み、床に叩きつけた。起き上がろうとした肘を踏み付ける。
「神になりたかった!本当に?」
愛永遠は肘を踏まれながら立ち上がろうとする。痛みはない。あったとしたらそれはセンサーによる人間の感覚の置換とそういうシステムに過ぎない。
「人間の作ったものなんだよ、結局。不完全に決まってるのさ」
愛永遠は立ち上がろうとするが叶わず、手や腕が床に叩きつけられる。肘を踏み躙られるが、特殊なシリコンは皺を寄せるだけで破れることはない。来島は片眉を上げる。
「ストレステストはさすがにA判定だね」
来島の目の色が変わる。
「ああ、こっちの話」
愛永遠は来島を見上げる。サファイアを思わせる真っ青な瞳がモニターの光に照らされる。
「なんにせよ、プログラムでもね、人の形で人の言葉喋られたら、もうね」
来島は屈み、見上げる愛永遠の顔を覗き込む。何度も青みを強いブラウンにするか、赤みの強いブラウンにするか、黄みの強いブラウンにするか話し合った。髪型など簡単に変えられるが一度短く切ってしまうと植え替えねばならない。社内を動き回るだけのプロトタイプの髪型など適当なものだった。それでも来島は美容師を雇って髪を整えさせた。
「怖いよ、このお人形が、ボクを操るのさ、ボクの内面を…」
愛永遠の髪を撫で付け、突如その手付きが風情を変え、愛永遠の頭を鷲掴む。
「そちらさんはどうなのさ。…時折ばかばかしくならない?」
人形を床に叩きつける。人工声帯はまだ取り付けていない。声の高低、音域、抑揚をまだ話し合っている段階だ。
「気にしないでよ。人間の社会がちょっと変わるんじゃない?ちょっとだけ」
特殊シリコンに覆われたプラスチックを叩きつける床の横にぽたりと雫が落ちる。
九倫は世遠に真新しいクレヨンと画用紙を渡して暫く与えられた部屋に姿を見せなかった。真っ白い紙を前に有名な絵画の画像データを読み込む。スキャンして色味を彩度明度に数値化し出力した。解明出来る画素は1億満たなかった。クレヨンの材質と色味を24色読み込み、計算していく。視界に入る画用紙の縦横幅の比率が割り出され、本物に限りなく似せた絵が縮尺され描かれていく。だが画材の性質上の差異は残ったままだ。濁った黄色の画面に咲くひまわりが挿さった花瓶。青と黄のスカーフを頭に巻き振り返る女性。
「かわいい世遠…」
九倫が戻り、世遠はクレヨンを戻す。半分ほどまで塗り上がっていた。
「何を描いているの」
九倫が出来上がった画用紙を拾い上げ、眺めた。世遠はスキャンした画像データの出典ページから有力な情報を選択し、名画と作者、年代を告げる。
「模倣だね」
九倫は微笑みながら1枚1枚、画用紙を破っていく。世遠は九倫の顔を見ながらにこにこと笑う。世遠の前にあった描きかけの、暮れなずむ欄干の前で両頬を押さえて歪む絵も破られていく。
「かわいい世遠…」
九倫に抱き締められる。膝に乗せられ、細い指が金の髪を梳く。毛に絡みにくい加工が施されている。エメラルドグリーンのレンズが室内を読み込み、ゴミを感知する。
「世遠、お掃除する!」
最適な掃除法を選ぶ。九倫に放され、蝋と顔料に塗れた紙屑を拾い上げ、ゴミ箱へ捨てる。
「世遠…かわいい世遠」
九倫に抱き上げられ、別室へと移される。
「九倫、何するの?」
モードを切り替える読み込みをする。九倫は笑うだけだった。畳の上に世遠を寝かせる。
「世遠、セックスしようか」
単語に反応し、直腸パーツと陰茎パーツの内部に擬似体液が補充される。
「うん、世遠セックス大好き!」
九倫は世遠を撫でながら、衣服を脱がせていく。
「九倫は脱がないの?」
「脱ぐよ。…脱がせてくれる?」
「うん!」
世遠の小さな指が九倫の衣服を剥いでいく。九倫の白い肌にある桜色の萌芽に触れる。九倫は目を眇めエメラルドグリーンを見つめる。そこへ唇を模したシリコンを寄せる。
「…っ、世遠…ッ」
九倫の身体が小さく身動いだ。挿入する側される側を想定しているため、あらゆるセックスのパターンがインストールされている。人工的な唾液に似せた液体を染み込ませた特殊素材で作られた舌が九倫の小さな肉粒を突つく。
「世遠、…ッ…かわいい、世遠…っん、好き…」
世遠に授乳するように九倫は金色の髪を撫でながら頭を抱く。世遠は白く柔らかい肌に吸い付く。
「九倫は、甘いよぉ。九倫、世遠も九倫、好き…!」
九倫は胸を突き出して腰をのたうたせる。
「世遠…強く、吸ったらっ…あっ…」
まだ脱がせきっていない九倫の下の衣類がじわりと色を変えた。
「世遠、九倫気持ちよくしたい。だめ?」
世遠が、高い声を上げて身体を引攣らせている九倫の腕をすり抜け、下腹部に沈んでいく。
「世遠…」
白濁に塗れた九倫の白く形の整った陰茎を衣服の間から取り出す。勢いを無くしかけている。世遠は擬似体液で潤った口内に迎えた。九倫の腰が引き気味になる。口淫のデータをランダムに選び、舌が動く。頬の内側で引き締める。九倫はゆっくり瞬いて、世遠の髪を撫で梳く。
ぴちゅ…ぴちゅ…と九倫の噴き出したものと世遠の擬似体液が響く。舌の裏側で先端部を舐め回す。
「世遠…また…っ、」
「うん、九倫、射精して」
口腔で扱く速度が上がる。九倫の腰が世遠の喉に迫る。世遠のエメラルドグリーンの双眸が一度だけ大きく見開き、人工涙液がレンズを濡らす。喉奥で九倫は射精した。世遠の舌の付け根が開き、精液は飲み込まれる。
「九倫のミルク美味しい」
笑う世遠を見つめて、九倫は世遠の首に手を掛けた。
「次は何す…ル」
首から咽喉パーツが外される。世遠は喋り続けたが人工声帯パーツを取り除かれたためモーターがカラカラと回る音だけがする。九倫は精液が入った世遠の咽喉パーツを持って部屋から消える。カラカラ…カラカラ…と暫く喉が鳴っていたが、応答が無くなると世遠はスリープモードに入った。
「I-9-2ちゃんは少し育ちが遅いでちゅね。Y-OFF-2000ちゃんは今日も艶が綺麗でちゅ。このまま花を咲かせておくれね。RiZe-904ちゃん、どうちて枯れちゃうの!悪い子!」
来島は瓶の形をした細長いジョウロで鉢に水をやる。失敗作の頭部を刳り貫いて、鉢植えを内部に置くことで可愛がることにした。愛永遠が後ろで控えていた。あと2体とのコミュニケーションをとる前に携帯電話が鳴る。
「はぁい」
電話に出て、残り2体には水をやるだけだった。5体は目を閉じ、壁に吊るされている。I-9-2は愛永遠の兄弟型だったが愛永遠が上位互換だったため完成を目指さず製作途中で放棄された。
「うん。ああ、いいですよん。どうぞ」
愛永遠は来島が片手にしている瓶型のジョウロを受け取ろうとして近付く。だが来島はジョウロを投げ捨て愛永遠を片腕で抱き締めた。
「気のせいですよ。気のせいです。でなかったら、バグか…我々の投影です」
来島は愛永遠を覆う特殊シリコンを抓る。肌の滑らかさを世遠よりさらに改良した。血管が通っていないため痣は出来ないが、痣だらけの個体を好むカスタマーにはシリコンの下に特殊な染料を通すのもいいかも知れないと話し合い中だった。
「ははは、だってアレは鉄の塊ですよ。仮に感情だの理性だの煩悩だのがあったとしても、無いんですよ。というか無かったことにします」
愛永遠の特殊シリコンを引っ張り、戻す。1000回連続でその作業を繰り返すと破れる試験結果が出ていた。
「生産性のないくせ、新しい知的生命体なんて馬鹿げてますってぇ。ははは、いいんですよ、1人2人…いや、違いますね、1体2体…50体100体が生殖しなかろうと。種の一部が生殖していれば。でも彼等は根本が違うじゃないですか」
愛永遠は来島を見つめる。来島も愛永遠を一瞥した。蹴り飛ばす。愛永遠は脚を払われ、床に叩きつけられた。
「生命体だなんて表現も虫酸が走りますよ。人の手でなければ増加しないじゃないですか」
転倒した愛永遠の背に乗り、起き上がろうとするのを阻む。後頭部の紙を掴んで床に押し付けるが愛永遠は起き上がろうと床に手をつけ、安定する位置を探す。
「何を以って人間とします?それが訊きたい。では何を以って生き物とします?長年の課題ですよ、こういう感情の捌け口のブツを作るボクらには」
愛永遠は耐荷重70kgだが、それは抱き上げたり、担ぎ上げたりする時の指標で、構造上うつ伏せのまま背に全体重をかけられると起き上がるのが難しいらしかった。馬力が足りないね、と呟いて来島はお仕置きとばかりに愛永遠の頭部を床に叩き付ける。
「自然が生んだ人の世でこれだけ自然に苦しめられてるんです。テクノロジーの産物だけ生き残ったとして、太陽や地震、雷、津波には勝てないんですよ。特にヤツらには太陽が、これは厄介だと思いませんかぁ?」
電話相手に笑って、片腕では愛永遠の耳や髪、皮膚を模したシリコンを引っ張った。愛永遠は起き上がろうともがき続ける。膝の裏側のプラスチックが軋むが、まだ暫くは耐えられそうな音だと経験上来島は理解していた。
「まぁその辺は少し専門外です。人間が自然を荒らさないだけむしろプラマイ0かも分からないですよ」
うなじの後ろのパックを開けて、ボタンを押す。もがいていた愛永遠の動きが緩やかになりやがて停止した。
「電波?良くなってないですよ。ああ、ちょっとファンがうるさかったかもしれないです」
肘を天に向け、床に手をつき、片肘で床に体重をかけようとしたまま固まっている。来島は上から退いて頬を床につけた愛永遠の顔を覗き込む。サファイアを埋め込んだような大きな瞳が来島を映すが、何も見えてはいない。
「まぁ、好きにやっちゃってください。結局は物ですから」
電話を切って、愛永遠の髪を掴み、起こす。
「かわいい世遠」
「九倫大好き!」
九倫に声帯機の入っている咽喉パーツを戻され世遠は話すことがまた可能になった。
「何する?ご飯作る?お掃除する?お洗濯?遊ぶ?」
世遠は身体を揺らして九倫に訊ねる。九倫は世遠を抱き締め、首の後ろのパックを開けた。チップが抜き取られ、世遠はエメラルドグリーンの瞳が発光する。新しいチップが差し込まれ、蓋を閉められる。世遠の双眸は発光したままだった。
「チップを確認しました。システム異常なし、新規アップデートはありません。読み取りを開始します」
九倫は世遠をまた腕へ寄せ、肩をゆったりと柔らかく叩く。世遠は肩口に顔を埋め止まっている。
「読み取り完了」
九倫の手が世遠を放す。グリーンの光が消え、瞳の色が段々と薄暗くなり、エメラルドに戻る。
「九倫!」
世遠はにこりと笑って九倫へと背を回した。
「かわいい…かわいいよ、世遠」
九倫の白い手が世遠の半袖のスラックスを脱がせる。
「エッチするの?九倫とのえっち、だぁいすき!」
世遠は無邪気に喜び、ダークグレーのリボンタイを解き、カーキグリーンのベストとフリルの多いシャツを脱ぐ。九倫は微笑んで、全裸になった世遠の小さな陰茎に触れた。
「あ…っん、だめぇ…」
九倫の指が陰茎に絡み、もう片方の手が腰を掴む。ガコッと音がして、外される。
「やめ…っ、やだぁ、恥ずかしいよぉ、やめてぇ…」
内蔵部品が露出する。九倫は世遠の小さな陰茎パーツを持ち出し、一度部屋から出ていってしまう。
「やめてぇ…っ、おちんちん返して…、恥ずかしいよぉ、やだぁ…お願いだよぉ…許してぇ…許してぇ…」
精液に似せた液体が入った袋が腹の裏側で揺れた。世遠は自ら陰茎パーツを取りに九倫を追うことはない。ただバッテリーが尽きるか、所有者が陰茎パーツを装着させるまでただ許しを乞う音声を流すだけだ。
「返して…おちんちん返して…許してぇ…おちんちん返して…お願いだよぉ…やだよぉ…おちんちん返して…」
九倫は戻ってこない。床に寝て、天井を仰ぎ、繰り返しパターンを変え、数種類響きや抑揚の異なる同じ音声を流す。バッテリーが減っていく。セックスモードは特に減りが早かった。
「痛いよぉ~、おちんちん痛いよぉ~返して…お願い…許してぇ…許してくださいぃ…許してぇ…おちんちん返してぇ…」
九倫は新しいパーツを持って戻ってきた。世遠の体格で装着するには不釣り合いだが、太く逞しい陰茎パーツだが、世遠の股間の取り外し口に合う。ぱちん、と嵌った音がした。
「九倫、九倫…」
世遠は九倫にしがみつく。許しを乞い、叶った後は甘えるようにプログラムされている。
「世遠」
薄く小さな腹にぺちぺちと赤黒く太い幹が聳える。動くたびに揺れた。重量感もある。
「いっぱい気持ちいいことをしよう」
「うん、九倫といっぱい気持ちよくなる!」
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