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第4話
「コーヒーでございます」
初めて聞いた愛永遠のサンプルボイスが気に入らず蹴り倒す。愛永遠の手にあったトレーからコーヒーが溢れ、床に広がる。
「ああ、そう。新製品ですよ。まだ歩行が安定しなくて。まだ先行きも安定してないんですけど、なんて」
来島は愛永遠に繋がれたコードを引っ張り、近くに寄らせた。両手両足の修理は済んでいる。より細かいギミックを追加した。
「いやぁ。あ、そうだ、気を付けてくださいね。いくら人間でなくても暴走はあり得ますから。はい」
電話を反対の耳に当て、愛永遠を抱き寄せ、髪を梳く。愛永遠はブルーの瞳で全く愛永遠を見ない来島を見つめた。
「またそんなこと言って。従わせてなんぼのテクノロジーですから。脅威になっても人間の傲慢です。人間の一部ですよ。それなら子は親の脅威にならないと断言出来ます?」
コーヒーに濡れている愛永遠の身体が来島の白衣を汚す。だが愛永遠は撫でられるままに来島へ身を預ける。
「ま、子じゃないんですけど」
咽喉パーツを取り外そうとすると愛永遠はその手を拒んだ。より人間に近付けて設計された。邪魔する手を叩く。愛永遠は来島を見上げて首を振った。人工涙液が滲み、瞳が潤む。
「やってみていいですよ。もう半分壊されてるようですし。ただうちのもやる時は多分やるんじゃないですかね」
世遠は目を開いたまま天井を凝視し、動かない。九倫は世遠に繋いだコードをPCに繋いでカタカタとキーボードを叩いていた。両膝から下のパーツは取り除かれ、切断されたコードや基盤や部品は適切に処置されるか除去されていた。
「世遠はかわいいね」
九倫は世遠を見つめ、コードを抜くと頬を撫でる。胸板を開き、再起動させた。天井を凝視していた瞳が瞼で閉ざされる。睫毛の下から赤い光が漏れ、数秒立ってからエメラルドグリーンを伴って九倫をレンズに映す。
「九倫!」
世遠は首を傾け、所有者を認識すると九倫へ飛び付いた。
「はいはい。危ないよ。君は今、78kgもあるんだから」
九倫は世遠を受け止め、尻餅をつく。
「九倫、お腹空いてない?」
「空いてないよ」
「お部屋は散らかってない?」
「散らかってない」
世遠は笑う。九倫も微笑んで髪を梳く。歩行に難がある世遠を抱えてベッドのある部屋へと連れて行った。隅に世遠と同じ背格好、同じ型の人形とその部品が山になって積んであり天井に蜘蛛の巣が張ってある。壊れたベッドは別の新しい同じものになってそこにあった。床に円形の痕が4つズレて刻まれている。
「九倫、もう寝るの?」
「そろそろ寝ようかな。世遠は眠くない?」
「世遠眠くない!お歌うたう?お話聞きたい?音楽流そうか!」
ベッドの上に下された世遠は目線を合わせて床に屈む九倫を見つめる。
「世遠、大好きだよ。世遠は?」
「大好き!」
九倫は世遠の小さな唇を塞いだ。シリコン素材の口腔と、特殊素材の湿った舌を舐め回す。小さな手が九倫の首の後ろへ回る。舌が根元から絡み合って、滲み出る擬似体液を喉パーツは吸引しないため、花弁のような口からとろとろと擬似唾液は滴った。粘性を帯びているため、九倫が唇を放すと糸を引く。
「セックスしようか、世遠」
「セックスってなぁに?」
「大好き同士の2人が仲良くすることだよ」
耳の裏を柔らかく掻き、親指がとろとろになって濡れる唾液を拭う。
「あのぉ、世遠のこと優しくしてくれる?」
「当たり前だよ。好き合ってる2人ならとっても気持ちいいものなんだよ」
もじもじと大腿を擦り合わせ、潤んだエメラルドグリーンで九倫をうかがう。九倫は破れた肌を指の背で摩る。
「世遠、九倫のこと大好きだから…いっぱい気持ち良くなってね…?」
ベッドに背を預け、衣服を脱ごうとした手を九倫の手に止められた。
「脱がすから、世遠は感じていればいいんだよ?」
世遠はシーツを弱く握った。九倫の手がベストやシャツの前のボタンを外していく。露わになった胸を撫で回し、世遠はぴくぴくと身を震わせる。
「ひゃっあ…ぁ」
胸の突起を捏ねられ、後ろへ逃げようしてしまう。
「おっぱい、気持ちいい…?」
「う、ん。おっぱい…気持ちいい…」
「コリコリしてきた…えっちだね…あれ?ここが腫れているね?」
まだ脱がされていないスラックスの前をくるくると円を描くように摩られる。
「あぁ、そこはぁ…っ、ぁんっ」
「ここは何?どうして腫れているの?」
「あ、…ぅんッ、ァ、」
「言ってごらん?そうしたらいっぱい気持ち良くしてあげる」
形を確かめながら揉まれていく。九倫のしなやかな掌に収まるほどのそれは随分と小さかった。
「お、…おちんちん…きもち、いいから…」
「なぁに?」
「おちんちんきもちいいから…っ、ぁっ、大きくなっちゃうの…っぁ」
九倫の唇が世遠の破れた左頬に当たる。
「どうしてほしい?」
「…ぁっあぁ…だめぇ…恥ずかしいよぉ…っ」
スラックスを下され、膝までの脚から抜かれた。ぷるんと飛び出た鳥の嘴のような陰茎をくすぐるように九倫は扱く。
「ぁああ、だめ、きもちよくなっちゃう…きもちよくなっちゃうのぉ……」
「いいんだよ、気持ち良くなって。世遠。大好き」
ぷゅちち…と小さな茎が白濁を噴く。世遠は九倫に眉根を寄せ、下唇を出した。
「ぁあ…あぁ…あっんんっ」
「かわいいなぁ。いいんだよ。気持ちよかった?」
「気持ちよかった…」
微笑まれ、九倫は指を舐めて世遠の奥に向かう。窄まりを押され、濡れているため容易に細い指を受け入れる。暫く慣らし、九倫は自身の陰茎を露出した。白梅のような色味で、世遠の小さな蕾に入れていく。
「ああ…っ入ってくる、おっきい…あっんんっ、んんんっ」
「柔らかくて熱くて…最高だよ…」
繋がり、揺さぶる。ピストン運動にベッドが軋む。
「ぁっあっあっ、ああ…きもちいい…」
九倫は微笑み、体勢を変えた。世遠を持ち上げ、腰に乗せ、九倫は寝そべる。小さな身体を突き上げる。世遠の壺は九倫を食い締め、奥へ引き込む。
「あっ、すごく、かわいいよ。好きだ…」
世遠の首の後ろから、バチバチっと音がして、チップがフリスビーのように遠くへ吹っ飛ぶ。世遠は衝撃に揺さぶられながら前にのめる。どぷどぷ溢れるゼリー状の白濁にカラカラカラと何かの部品が空回る。
九倫の細く白い首が目に入った。支えられながら、世遠は九倫の白い首に両手を回す。両手首のジョイントに力が加わる。九倫は世遠を突き上げ続ける。
「大好き…ここ、気持ちいい?」
九倫の問いに答えず、世遠は九倫の首を絞め続ける。九倫の突き上げるスピードが増す。世遠の親指の下の固い感触が沈んでいく。瞬きもせず、白い首の下の固く丸みを帯びたものを押し込んでいく。回避せねばならないエラーに追われている。九倫は口を開けた。とろとろと粘液を垂れ流す。突き上げる速度が増していく。
「システムエラー。システムエラー。ソフトウェアに異常を発見しました」
世遠の口がそう動き、首の根元が爆発する。ひしゃげた鉄板からコードやネジが飛び出し、基盤が割れ、世遠は首が半分以上外れたまま頭を垂れた。内部で粘液が破裂する。黒い煙が小さく上がった。
同業他社の友人から電話が来て、つい乗ってしまった。新製品を試してほしいと。来島は条件に、旧式のアンドロイドを相手にするよう提案した。興味が無かったため、来島はただ逐一報告を確認しているだけだった。
「あ~、Q-009無事でした?」
来島はバインダーに挟まれた資料を見ながら電話の相手に問う。
「言ったじゃないですか、暴走するかもって。まぁソフトウェア、そもそも容量足らなかったし、チップも互換性ないし熱暴走でしょ」
世遠によく似た少年の写真がバインダーに挟まれている。
「人の感情って結局物理なのかも知れないですね~。何でもかんでも数値化できちゃうのかも。それなら言葉はナイフってあながち間違いじゃないかも知れないですよ、おっそろし」
愛永遠によく似た少年の写真がその下に挟まれている。
「人のために在るなら人の感情が分からなきゃ、とんでもないミスすることあるでしょ~?合理主義の最大多数の最大幸福第一のお人形さんなんだから」
世遠によく似たカーキグリーンの布切れを纏った少年の死因には絞殺と記され赤いマーカーが引かれていた。
「じゃあさ、無機物に感情なんてないんだから、模倣するしかなくない?っていう研究に踏み込んだんですよ。でもそんな話より、ボクはもうちょっとQ-009の話が聞きたいな~…え~」
愛永遠によく似た少年もまたカーキグリーンの布切れを身に纏っていた。死因は装置の自爆による失血死とある。
「もう企業秘密ですよ~。でも木偶人形貸しちゃった借りですよん?性的興奮したら爆破する首輪を作ったんですよ。えっちなこと想像したら死ぬよって伝えたんですけど。まぁ爆破しましてね。原因なんだと思います?首締めですよ、全く上級者向けな子供がいたもんだ」
数値化された人間の内面のデータを、世遠に入れていた。世遠のモデルとなった少年を殺めた者の記憶を。壊れる寸前でそれが出力されるようになっている。相手の心拍数や血圧、脈拍を測って顧客を死なせない程度に。
「過ぎた技術ですよ、愛だの思い遣りだの詰め込んだデータを読み込ませるなんて。結局容量不足で壊れましたし」
暗いモニタールームの扉が開く。理世がコーヒーを持ってきた。受け取る。理世は来島の足元に跪いた。
「面白いじゃないですか。せめて人間の真似事させてあげましょうよ。人間扱いなんてされないんだから」
理世の頬を撫でる。理世は小さく笑みを浮かべ、来島を柔らかく見つめた。
「廃棄するんですか?壊せます?Q-009ってかなり高性能じゃなかったでしたっけ?」
半壊し爆破の影響で再起動も不可能なZ-ONから返還後素早く回収したメモリーをしげしげと見つめる。観測モデルのため、Q-009のデータはスリープモードに入っている時でも録れている。だが情報漏洩を防ぐため、すぐに抜き取らないとデータは消えてしまう。
「いや、おたくの技量なら問題ないでしょうけど、違いますよ。Q-009かなり人間に近かったじゃないですか」
来島の双眸からぼたぼたと涙が溢れ、理世が拭っていく。
「中身のないお人形さんでもボクには大事なお人形さんだから悲しいよ。でもこの悲しみにも中身がないんだね」
涙を溢しながら来島はモニターを見つめた。Z-ONはあと5体いる。
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