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降りしきる雨の

 土砂降りの雨の中、神鳴りが轟き落ちた。  何か可笑しい――そういったのは偵察に長けた、千里眼を持つ薄縹だ。 「確かに、この戦場で雷が鳴るなんてありえないことだが」 「違う。そうじゃない。アヤカシの姿どころか影ひとつ見当たらないんだよ。それなのに、おびただしい血の臭いがする。それも、雨にかき消されないほど強い臭いだ」  三人、否、三柱の神を使役する術̪師たる女主人は眦を釣り上げた。肩上の黒髪に、巫女装束。真っ赤な番傘を差した女は、薄縹に「どの方向がより臭いが強い?」と問うた。  ほんの数秒、逡巡した後「あっち」と指さしたのは本来進むべき道から外れた森の中。正義感の強い女主人が「行こう」と言うのが分かりきっている彼らは大なり小なり溜め息を零す。  できることなら、主人たる彼女には安全な屋敷の中で帰りを待っていて欲しい。従僕たちの心境など知らぬ存ぜぬな女主人はどんな危険な戦場だろうと番傘を手にしてついてくるのだから気が気じゃない。 「行くのかい、ご主人」 「もちろん」  この中じゃあ古参に含まれる緋色の髪と瞳を持った男は当てつけのように深く長い溜め息を吐いた。  本来進むべき道から外れたとき、どんな危険が待ち受けているかわからない。目の良い薄縹や、結界術に長けた玄将(くろまさ)よりならば戦神たる自分が前へ出た方が得策だろう。――それに、なんだか嫌な予感がする。  直刀を抜き仲間たちよりも一歩前へと踏み出す。 「僕が先頭を務めよう」  雨に濡れた草木を掻き分け、薄縹が指し示す方向へひたすらに進む。  本来、この戦場は制圧済みである。  冥界と現世(うつしよ)の境界線が綻び、ヒビの入った個所から冥界の住人(アヤカシ)が列を成して現れ、天地のひっくり返る大きな戦であったが最大戦力を持って討ち果たし、今現在は平穏を保たれている――はずだった。それがどういったわけか、つい先日、女主人の元に術師を束ねる上層機関より勅命が下った。 『降りしきる雨の戦場にて歪みを察知。彼の術師は調査に向かってください』  雨の降る戦場は全て数えれば優に百を超える。境界線が曖昧になり、生態系が崩れ異常気象が起こっているのだ。女主人の守護するッ区画にも、雨の降る戦場があり、制圧済みだというのにも関わらず、勅命が下ってしまったからには調査へ向かわなければいけない。  上層機関はどこの洗浄かまでは特定していないという。雨は――『水』は良くないモノを呼び寄せる性質がある。雨の戦場が不安定になるのはどうしても仕方ないことだ。  制圧済みであっても、定期的に巡回はしていたが明らかにはこれまでと様子が違う。  そも、式神たちは主人の上に存在する組織が気に入らない。  偉そうに椅子に座ってふんぞり返り、自分たちは安全な場所で高みの見物だ。いつだって主人が危ない目に合う。それが気に入らない。気に食わない。だから、つい罰を落としてしまいたくなる。 「ッ止まって!」  するどい声が飛んだ。  縹色の瞳を淡く光らせた薄縹に、玄将が瞬時に結界を張る。直刀を構えた紅緋はっ感覚を研ぎ澄ませた。 「何か、強い瘴気を纏った何かが動いてる……。――二本角の、オニ? でも、なんだか違う、オニと呼ぶには白くて、俺らと同じにしては……」 「つまり、どういうことなの」 「えーっと、簡単に言えばよくわかんないオニがアヤカシに追われてるってこと!」  雨が激しく頬を叩いた。  あと少しでそれらと鉢合わせすると言う。判断を女主人に仰ぐ。その結果がなんであれ、主に害を為すのでば斬るだけだ。 「……そうね、待ち伏せしましょう。此処は私の区画だ。荒らすモノがいるのなら、成敗するまで。薄縹、鉢合わせ地点を何処?」 「……この場であと二分、――ううん、四十数えれば鉢合わせる」  空気が張りつめる。雨水で冷えた体に殺気が突き刺さる。研ぎ澄まされた互換が全てを捉える。  主人を中心に取り囲み、その時を待った。  ぎぃぎぃ、と遠くから喧しい声が響く。聞くに堪えない、醜悪な声音は紛れもない、アヤカシだ。  荒い呼吸音、忍ぶ気のないダダ漏れの気配、木々が鳴らす雑音。  思わず眉根を寄せた。

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