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第1話

「あっあっあ、んっ…」 生地の薄いカーテンから漏れる、かすかな明かりが差し込む薄暗い部屋は、ベッドのスプリングが軋む音と、女の物とは異なる低く掠れた喘ぎ声、熱を含んだ吐息で満たされている。 「あ、もっ、あっ」 ベッドの上には男が二人。 胡座をかいて座る男と、向かい合いまたがって腰を上下に振る男。 いわゆる対面座位の格好で繋がり、互いを貪り合う。 またがっている男は絶頂が近いのか、喘ぐ声を一層高くした。 「あ、あ、あっ、んっ、そこっ、ぁあっ」 何度も体を繋げた事で記録された前立腺の位置。 大きめにカスタマイズされたペニスは、直腸の奥に潜り込み、膀胱を押し上げ尿意を誘う。 更に数度抉られて、男は肢体を痙攣させて精を解き放った。 「ひ、あっ、あああぁっ…‼」 部屋の中は、二人分の粗い息で満たされている。 イったばかりの気だるい体を、目の前の胸板にあずけ、河鹿 臣人(かしか おみと)は呼吸を整えようと大きく息を吸った。 吸った息を吐き出すタイミングで背中を撫でられる。 臣人を気遣うように上下する手は温かく、優しい。 「大丈夫?」 臣人の耳に届く低く優しい声音は、もう何年も聞き慣れて馴染んだもの。 だが、 その声も呼吸も、肺に含んだ空気が声帯を震わせた物ではない。 「大丈夫、今日もありがとう」 臣人がいつも通りに応えると、ファンが排気をする音がかすかに響き、システムはシャットダウンされた。 西暦20××年。人類は夢のロボット『セクサロイド』の実用化に成功していた。 発売当初こそロボット特有の不気味さと、人工知能の未熟さ故の違和を持ち合わせていたが、バージョンアップを重ねる度に解消され、現在ではだいぶ人らしくなっている。 人工知能、Alも学習が進み、各分野においては人間を凌駕するようになっていたが、1つのAlで全てがこなせる万能Alの実現にはまだ至っていない。 要するに、料理をしながらお風呂を沸かし、明日何着るかを考えるような事を一つのAIではできないのだ。 臣人が所有するセクサロイドSH-M06は、性行為介助用に特化したAlが搭載されており、行為中に相手の反応を記録して最適な運動を行い、その時々に適した呼吸や台詞が再生される仕様となっている。 SH-M06は、セックスしかできない。 その為に造られて、その為に存分する。 だが臣人はそこに価値があると考えていた。 臣人は人が怖い。 感情を向けられるのが怖い。 他人と共感できず、自分がどう見られているかを常に考え、怯えていた。 工場勤務のため、仕事で仕方なく言葉を交わす以外は、極力他人との接触を避けるように生きていて、買い物は全てネットで済まし、玄関の宅配ボックスに宅配してもらう。 感情を持たないSH-M06は、臣人にとって唯一安堵できる相手であった。 SH-M06を、臣人は「ロク」と呼んでいる。 06のロクから取った呼び名だが、06というのはバージョンナンバーである。 SH-Mシリーズは現在バージョン13まで発売されているが、臣人はバージョンアップをするつもりはない。 何故かと言うと、バージョン06以降はワイヤレス接続で自動的にシステムの更新が行われるのだ。 更新したシステムのAlは学習が進んでおり、会話がより感情的に違和感無く動作する。 臣人にとってそれはもう人であり、恐怖の対象であった。 だから、06のまま変えないつもりで「ロク」とよんでいる。 臣人はロクの人工皮膚を濡れたガーゼで丁寧に拭くと、きちんと乾くようにベッド脇に立たせておき、自身は風呂へと向かった。 シャワーを浴び、歯を磨けば後はもう寝るだけ。 朝になれば出勤して日が落ちる頃家に帰り、ロクとセックスして風呂に入って寝る。 それが臣人の生活ルーティーンでありすべてであった。

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