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第2話

AM7:30 業務開始の30分前に出勤した臣人は、昨日仕舞った道具をいつもの位置に配置する。 安全点検と点呼を行い、社員全員で軽い運動を行う。 AM8:00 臣人は昨日の仕事の続きを開始した。 金属を加工する機械のスイッチをオンにすると、機械の先端に設置した金属が高速で回りだす。 臣人の勤める会社は、物を作るための機械を受注し、設計・製造・納品までを一貫して行う会社である。 会社の規模が大きい分、営業や研究開発のような花形と末端の製造現場では、同じ会社とは思えぬほどに職場の雰囲気は異なっていた。 新型の機械に使用する部品をあれこれと調整しながら作っていると、製造部門の主任がスーツの男二人を伴って工場へと現れた。 こういった場合は大体新型機械の受注の打ち合わせが行われる。 仕事を取ってきた営業と、システム開発部門の担当、機械部分を製造する製造部門の担当で、スケジュールやコストについて詰めるのだ。 この辺りの連携の早さが、臣人の勤める会社の利点であった。 そして、その打ち合わせは、臣人が一番苦手とする業務でもある。 新規案件における工数と予算のすり合わせ。 自身の負担を減らすための探りあい。 思い出すだけで胃が締め付けられる感覚に、今朝の朝食が食道付近まで込みあがる。 だが社員である限りこなさなければならないし、実家を出るための条件であった10万円の仕送りとロクの維持費を捻出するのに、非正規でいる訳にはいかなかった。 「河鹿(かしか)くん」 呼ばれて機械から顔を上げると、主任とスーツの男が二人。 (嘘だろ) この状況は何度か経験がある。 新規案件が振られる状況だ。 「今度受注する予定の食品加工用ロボットを河鹿君に担当してもらいたいんだが」 主任の人当たりの良さそうな笑顔が、臣人の角膜に焼きつく。 「あ・・・・・・でも、今の案件、この間製造始めたばかりで・・・・・・、しばらく手が空かない・・・・・・かと。」 臣人は、自身にとって苦行でしかないあの会議を、つい一週間前に終えたばかりで、ようやっと仕様が決まって安堵している所だった。 それなのに、なぜ。 「ああ、わかってるよ。でもその案件は以前製造した機械を改良する物だから安定しているし、新人の石田君に引き継いでも大丈夫だろう」 「あ、し、かし、これは最初に自分が製造して、ずっと、受け持ってきた物なので・・・・・・」 思い入れがあるのも事実だが、臣人は新規案件の担当を回避したい一心で、言葉をつむぐ。 だが、すでに数年共に働き、臣人の性格を理解している主任は、最初の笑顔を崩さない。 「気持ちは分かるが、今回は開発の方から『ぜひ河鹿君に』とオファーがあってね」 「え、」 てっきりいつものように「頼むよ」で押し切られると思っていた臣人は、思わぬ言葉に固まった。 「河鹿君が以前に造った農業用機械があるだろ?あれの一部を今回製造する機械に応用できないかと相談を受けてね」 「そ、んな、事」 できない。 とは言い切れず、言葉が濁る。 「まぁ、まずは打ち合わせだけでも」 「・・・・・・はい」 結局押し切られる形で、臣人は新規案件の打ち合わせに出向く事になった。 打ち合わせは、営業と開発の要望に、臣人が「はい、はい。」と答えることで、滞りなく終了した。 毎回この調子であったから、『臣人が担当だと楽』と社内で認識されており、その事に対して臣人自身も不満を漏らすことはない。 苦行の時間が終わった事にホッとして、席を立ったときだった。 「河鹿さん、今日仕事終わりに飲みに行きませんか」 爽やかな青年の声が臣人の足をその場に縫い付ける。 声の主は開発担当の鮫洲 豊(さめず ゆたか) 。 工場に顔を出しているのを数回見かけたことはあるが、話したのは今回が初めて。 プログラマーにしては珍しく、営業担当に引けをとらない交渉力と社交性を持っていた。 「自分、は、そういうのは・・・・・・ちょっと・・・・・・」 「俺もパース」 口ごもる臣人の言葉に容赦なく拒否の言葉を重ねたのは営業担当。 彼はその言葉だけを残し、早々に退室していった。 残ったのは臣人と鮫洲の二人。 「だめですか?」 少し眉尻を下げ、しかし口角は上がった複雑な笑顔をむけられ、臣人は 「ごはんだけなら」 と承諾してしまったのだった。 (いつもこうだ) 鮫洲との食事の約束を承諾してしまってから定時まで、臣人は今夜の事を考えてはため息を漏らしている。 (俺みたいな、人種が違う人間と飯食べたってどうせ気まずくなるだけだ。そして気まずくした事を後悔しながら、これ以上気まずくならないように気を使って仕事をしなきゃならない・・・・・・) 向こうはそんなこと気にしない。 そう何度自分に言い聞かせても、考えてしまう。 今の発言は気に障らなかったか。 自分の評価は下がらなかったか。 がっかりさせなかったか。 特に今回は臣人を名指しでオファーしてきたのだ。 落胆させて、仕事がなくなるのはいやだ。 人は怖いが、居場所がほしい。 そんな自分に反吐が出る。 「早く帰りたい」 今朝までやっていた仕事の引継ぎ作業をしながら、ぼそりと小さくつぶやいた。

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