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【序】

ピピピ、ピピピ ………んー ピピピピ、ピピピピ ………んー、うるさぃなぁ~ ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ ……………………(無視) ジリリリリリ、リリリリリィィーンッ!! 「そこかァッ!」 目覚ましのボタンめがけて、平手を落とす。 …………………が★ 「~~~ッッッっ!痛ァアーッ!!」 ない! 目覚ましがない。 ここにある筈の目覚ましがなくなっている。 ベッドサイドの木枠を思いっきり、平手打ちしてしまった。 「ウっ」 掌が真っ赤だ…… おかしい。 昨夜までは、ここにあったんだ。 俺の右手が平手打ちした、この場所に。 ジリリリリリリリリリリィィー 目覚ましのベルは、叩いた場所の真逆から聞こえている。 左のベッドサイドに目覚ましがいた。 夜の間に歩いたのか。 そんな事があるものか! 目覚ましには足もなければ、車輪も付いていない。 自力で動くのは不可能だ。 移動する筈ない目覚ましが、ひとりでに動いた…… 我が家で超常現象がッ! ………………まさかッ、そんな筈 いや…… 俺は、超常現象を起こせる人物に、たったひとり……心当たりがある。 つーか! これは超常現象でもなんでもない!! ただの嫌がらせだ。 我が家で超常現象もどきを引き起こした、彼による……… 人の思考を読み、人の思考を巧みに操る、その男の異名は………… 《黒の支配者(シュヴァルツ カイザー)》 日本国 第4次オオキ改造内閣 副総理大臣にして我が夫 シキ ハルオミ 俺の思考と行動は、ハルオミさんに読まれていた。 覚醒していない寝惚けた意識の中で、昨夜、最後に目覚ましを目にしたいつもの場所を叩くであろう……と。 ハルオミさんが、目覚ましの位置をずらしたんだ。 右から左に 音の方向を叩いても外れる微妙な距離間で、夜のうちに目覚ましを動かしたのだ。 ………俺の思考は操られ、ハルオミさんの誘導に見事に引っ掛かった。 証拠の右手が、ジンジン……まだ痺れている。 お陰で意識がはっきり覚醒した。 クッ……ほんとうなら目覚ましを止めて、二度寝モード突入だったのに。 ジリリリィィン、ジリリリィー 「やかましいっ」 ジリ 痛くない左手で目覚ましをはたく。 勢い余って、ベルの停止した目覚ましが布団の上に転がり落ちたが知るものか。 目覚ましに罪はないけれど…… ………ジリリリリィー なぜ? ………ジリリリリィン どうして、まだ目覚ましが鳴ってるんだ? さっき止めたぞ。 ……うん、やっぱり止まっている。 布団の上の目覚ましのベルは、ちゃんと停止している。 ジリリリリィィィー まだ聞こえる。 止まっているのに、目覚ましのベルが…… これは★ 我が家で、本物の超常現象がッ!! 止めた目覚ましのベルが鳴る。 この部屋のどこからか…… 音は間近。俺のすぐ…………隣ィ!? 布団がこんもりしている。 寝室のベッドはクイーンサイズである。 ダブルベッドの左側は、ハルオミさんのスペースだ。 普段ならば。 地方での遊説のため、早くに家を出ていったハルオミさんは、今朝いない。 なのに、布団がこんもりしている…… ジリリリリィィー そして、目覚ましのベルの音は、こんもりお布団の中から聞こえてくる。 バサァァーッ 白薔薇のカバーにくるまれた布団が、寝室の天井に舞った。 掛け布団を引っ剥がした瞬間、にょきり ベッドから腕が伸びてきて…… ジリンッ ベルが鳴り止んだ。 「ワァっ!」 手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩した体がなだれ込む。 ベッドの上の広い胸の中に…… 囚われた手首の……赤くなった掌を、ペロリ 赤い舌がねっとり舐めた。 伏せた長い睫毛の下で、夜明けの藍を溶かした双玉が妖艶に微笑んだ。 「おはよう、ナツキ」 チュプッ 優雅な仕草で、手の甲に口づける。 「ハルオミさんっ!!」 そっと睫毛を持ち上げたサファイアの眼が、肉食獣の光を(たた)えていた。

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