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第1話 根井くんの憂鬱

 ここは、何の変哲もないとある町のとある男女共学の公立高校――。  普通科3年A組の教室で、根井(ねい)はクラスメイトの友人二人を頬杖をついた態勢でじっと見つめていた。 「茎田(くきた)、今週末予定大丈夫だった?」 「あ、ああっ、うん……暇、してる」 「よかった」 (あいつらの距離……ミョーに近くね?)  根井が見つめている友人の一人は茎田(くきた)。身長は大体170くらいで、黒髪の短髪。顔はイケメンでもブサメンでもない、いわゆるモブ顔だ(人のことはいえないのだが)。  勉強は苦手なほうで成績は中の下、普段の言動からも基本アホであることが伺える。が、なかなかに人が良くて憎めない奴だ。  一方、もう一人は花森(はなもり)。身長は180いくらかで、地毛だという茶髪をしている。髪型補正もあってかそこそこのイケメンで、成績だって悪くない。 イケメンのくせに頭もいいなんてムカつくことこのうえないが、本人はそれを鼻にかけることもなく至極アッサリした性格のため、女子にも男子にも人気がある。  そんな二人が、さっきからコソコソと教室の隅で話をしているのだった。 (あいつら、二人だけで遊ぶほど仲良かったっけ?)  首をひねりつつも地獄耳で二人の会話を聞いてみれば、なにやら週末に会う約束をしているらしい。受験勉強でもするのか、またはその息抜きに出掛けるのだろうか。  別にどちらでもいいのだが、あの二人が、という点がどうにも解せぬ。  根井の趣味は人間観察だ。暇なときはついぼんやりと他人を眺めてしまう癖がある。そのうえ勘も鋭いため、茎田からは『なんで俺の考えてることが分かるんだ? エスパーかよ!』なんて言われることもしばしばである。  それは茎田がアホなだけで、根井本人はいたって普通のつもりだったのだが、他の面子からもたびたび似たようなことを言われるので、自分は人より少しだけ鋭いのだろう、と最近は思っている。  そんなアホの茎田とは同じ中学出身だが、中学時代は一度も話したことはなかった。偶然に同じ高校の同じクラスになったので、同中出身のよしみで仲良くなった。 花森はいるだけで目立つので、一年の頃から存在は知っていたが、仲良くなったのは今年同じクラスになってからだ。席が前後だったので自然と話すようになり、仲良くなった。  つまり根井は茎田とも花森ともそこそこ仲が良く、茎田と花森は根井を挟んで友人になったような間柄だった。  自分が紹介した友人達が自分よりも仲良くなったからといって、別に嫉妬しているわけではない。しかし茎田と花森は、根井が知る限りでは昼休みに自分を挟んで一緒に飯を食うくらいの距離感だったはずだ。 (俺のいないところで仲良くなったのか? まあ、普通に考えてそうだよな)  そういえば。少し前に花森が『俺んち今夜両親がいないから、誰か来ないか?』と言い出したことがあった。  その日根井は家の用事があったので断ったが、たしか張り切って『行くー!』と挙手していたのは茎田だけではなかったか? (なるほど……)  他にも数人が遊びに行ったと思っていたが、誰もその話をしていないので結局茎田しか行かなかったのだろう。それなら二人が急に仲良くなったのも頷ける。  しかし…… (顔、近すぎじゃね!?)  茎田の後ろは壁になっていて、花森はそんな茎田を壁ドンでもしているような体勢で見下ろしている。しかも二人の顔の距離は15㎝ほどしか離れていない。誰かが花森の背中に突撃でもしようものならキスのハプニングでも起きてしまいそうな―― ドンッ 「あ」  ハプニングは、起きた。 「きゃーっ花森くん、ごめんね! 背中がぶつかっちゃったあ」 「大丈夫、気にしないで」  偶然花森にぶつかった女子は茎田の存在は気付いていないようだが、根井はばっちりとその瞬間を見てしまった。花森と茎田がキスをしたのを。  いや、それは事故だから別にいい。問題は、キスをしたあとの茎田の反応だった。  根井の知っている茎田は、こんなハプニングが起きた場合『うげえ、野郎なんかとキスしちまったよ!! 俺の唇が汚された!!』などと言いながら吐く真似をして大袈裟に騒ぎたてるような奴だった。  なのに今の茎田の反応は、顔を赤らめてうつむき、ひとさしゆびの第二関節を色っぽい角度に曲げて自らの唇に触れている。 (……オレハイマ、ナニヲミテルンダ??)  思わずモノローグもカタコトになった。  そういえば茎田は根井と話すとき、ことあるごとに花森を話題に出す。悪口や噂話の類ではなく、『花森はかっこよくて羨ましい』だの『テスト期間中だけ脳みそ交換したい』だの、そういうバカみたいな話だ。  なのでいつも軽く聞き流していたが、そんな話ばかりするものだから茎田が花森に憧れていることは当然気付いていた。  逆に花森が茎田を羨ましがることは万に一つもありえないが、そういえば駄弁っているとき、茎田のくだらない話をいつも花森だけはちゃんと聞いてやっている……ような気がする。 (あの二人ってもしや両想……いやいや! 男同士だしな!? 花森は去年彼女がいたし、茎田に至っては『彼女欲しい』が口癖だし!)  しかしここ数日、茎田の『彼女ほし~!』というウザい口癖を聞いていないことに気付いた。 (ま、まさかカノジョが……じゃなくて、カレシができたのか!? いやいや……!)  頭を抱えて悶々としていると、茎田が根井のもとへやってきた。花森はぶつかってきた女子と話しているため、暇になったのだろう。 「よー根井、その位置からじゃ今の見てたか? 俺と花森、事故キスしちゃってんの! マジ笑えるよな~!」 「お、おう……」 (見たよ。キスしたあとのおまえの恥らう乙女のような反応もな……) 「いやーマジでまいったわ。はははは」 「……」 (まいったって顔してねえぞ、おい)    二人の関係を確かめるべきか、否か。根井は同性愛に偏見はあるっちゃーあるが、ふたりは友達なので本当にそうなら一応形だけは祝福はしてやりたいと思うのだ。  しかし、モテない同盟の茎田に先を越されるなんて根井には信じがたい事実だが、その相手が男ならば羨ましくともなんともない。  とりあえずこれだけは聞いておこうと思い、根井は重い口を開いた。 「なあ、茎田」 「ん?」 「卒業するまでには彼女、絶対欲しいよな?」  以前の茎田ならば、ウザいくらい全力で同意するはずだった。しかし。 「あー……いや、カノジョはいいかな」 「は?」 (彼女は、だと!?) 「受験勉強でそれどころじゃねーっつーの? 俺一応進学希望なのに、このままの成績だとマジでやべーんだよな!」 「……」  彼女がいらないのなら彼氏ならどうだ? ――なんて、恐ろしくて聞けない。  そう、祝福してやりたいと思ってはいるのだが、まだ根井自身にその事実を受け止める心の準備が出来ていないのだ。  たった数分前まで、同性愛なんて違う世界の話だと思っていたのだから。女子の間ではBLが流行ってはいるが、根井的には少女漫画と同じファンタジーに分類している。 「そうそう、茎田はもっと勉強しねぇとな」 「花森!」  茎田の後ろにいつの間にか花森が立っていた。女子とのおしゃべりは終わったらしい。 「茎田、俺と一緒の大学に行くんだよな?」 「ん、できれば行きたいなって……」 「がんばろうな」 「……おうっ」 (茎田のいまの成績で、花森の志望大学に行くとか絶対ムリだろ……)  花森の志望校を根井は知っているが、たしかすぐ隣に茎田でも入れるであろう大学があるので、最終的にはそこに行くことになるんだろうな、と思った。 (それより何だよ、この二人の世界は……!)  二人の関係にほんのりと気付いてしまった根井にはとてもいたたまれない。どこからどう見てもカレカノ……いや、カレカレの空気だ。 茎田を見つめる花森の目は優しすぎるし、花森の目を見つめ返す茎田の目は今にも蕩けそうである。 (この空間だけ空気が甘すぎる……! ぐああ、耐えられない!!)  もう、思い切って聞いてみた。 「あ、あのさ! おまえらさ!」 「何?」 「ず、ずいぶん、仲良くなったんだな……」 『付き合ってるのか?』と率直に聞くつもりがやはり躊躇してしまって、遠回しな言い方になってしまった。これ以上は突っ込めない、と根井は早くも挫折した。 「わ……分かるか?」   (そりゃ分かるっつうの!! 顔を赤らめるな、茎田ッ!! お前はそんな乙女なキャラじゃなかったはずだぞ! アホっぽいモブDKだったはずだぞッッ!? 花森も名前に花は付いてるけど、背後に花背負ってるようなキラキラしたキャラじゃなかったはずだぞ――!?)  決定的なことは聞けなかったが、これはもう決まりだろう。茎田と花森は付き合い始めたのだ。いまは友人兼、恋人同士なのだ。 (ヒエェッ……!)  ガクブルと震える根井を他所に、茎田と花森は二人の世界を更に展開させている。 「茎田の受験勉強、休み時間も昼休みも放課後も、毎日付き合ってやるからな」 「いいのかよ花森。自分の勉強は?」 「茎田に教えてれば、それが自分の勉強にもなるから」 「ふうん……じゃ、オネガイシマス」 「おう」 (あ"――!! 頼むからそのラブラブな空気を少しは抑えろ!! 俺以外のヤツにバレたらどーすんだよ!?)  むしろ隠すつもりがあるのだろうか。  まだおおっぴらにふたりを応援することはできないけれど、校内で妙な噂になったり面倒が起こらないよう、今後も自分がちょくちょくフォローをしなければ……。  根井はそう決心して、ため息を吐いた。 根井くんの憂鬱【終】

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