2 / 8

第2話 花森くんのあれやこれ

一目惚れだった。 (……あ、かわいい。俺、こいつの顔好きだ) とびきり目を引く美形ではない。しかし、ひどく不細工なわけでもない。身長は高くもなく低くもない。勉強ができるわけでもなく、むしろ頭は悪い方。スポーツは得意らしいが、特定の部に入って結果を出しているわけでもない。 花森(はなもり)が一目惚れをしたのは、そんなこれといった特徴のない茎田(くきた)というクラスメイトの男子だった。 * 自分が少し他人と違うと気付いたのは、多分中学生のとき。年頃になってもいっこうに女子に恋をすることができなくて、おかしいなと思った。 無駄に顔がいいせいで――自覚はあるが別にナルシストなわけではない――告白してくる女子は絶えなかったが、適当に付き合って数ヶ月で別れるということを繰り返していたら、とっかえひっかえする酷い奴だと噂が流れて告白してくる子は減っていった。 そっちから言いよって来ては『なんか違う』などと言って離れていくくせに、こっちばかりを悪者にするなんて、女とはなんて理不尽で勝手な生き物だろう、と思った。が、男子にまで嫌われてはかなわないので、無駄に誰かと付き合うことはやめた。 自分のことを好きだと言ってくれる子を自分も好きだなんてちっとも思えなかったが、付き合っていればそのうち好きになれるのかな、と思いながら付き合っていたが、そんな気持ちになれた子はひとりもいなかった。 そこで花森が出した結論は、自分には愛だの恋だのという感情が欠落している、ということだった。 真剣に誰かを好きになる気持ちが分からない。好きになれる気もしない。だけど性欲はある。それは適当にエロ本などを見て発散した。 恋ができなくとも、特に日常生活で不便に思うことはない。とりあえず周りと話を合わすために、童貞は卒業しておこう。 そう思って、ちょうど告白してきた女子と付き合ってそういう関係になった。その結果、愛なんかなくてもセックスはできるんだということが分かり、なんだか虚しくなってその子とも別れた。 彼女はいい子だったし、特に嫌いではなかったが、このまま自分と付き合っていたらいずれ彼女が不幸になると思ったので初めて自分から別れを告げた。 彼女は別れたくないと泣いて縋ったが、彼女の涙を見ても花森の心は全く動かなかった。 そして、気付けば高校を卒業する学年になっていた。成績は常に上位を保ってはいたが、部活にも入らず、ただ男友達と楽しくバカ騒ぎしただけの高校生活だったな――と早くも卒業したときのことを考えていた矢先。 ひとりのクラスメイトと目が合った。 (……ん?) 初めて同じクラスになる、顔も名前も知らない男子生徒だった。彼は花森と目が合ったあと、怪訝な顔をしてすぐに目を逸らした。が、何故か花森は目が離せなかった。 (……かわいい。俺、こいつの顔好きだ) 今まで抱いたことのない不思議な感情に胸が高揚し、そのままじっと見ていたら、彼はもういちど花森の方にちらりと視線を寄せた。  花森がまだ自分を見ていることに気付くとおどろいたようだが、二度も自分の方から目を逸らすのは気まずいと思ったのか、わざと睨みつけるようにじっと見つめたあと、ニッと無邪気に笑ったのだ。 それだけ、だった。 それだけで、花森は完全に茎田に心を奪われた。 (……かわいい。えっ? かわいい!! なんだこの気持ち? あいつの名前、何だっけ!? つーか誰だっけ!?) どうしても女は好きになれないので、じゃあ男ならどうだろうと考えたこともあった。しかし今まで男を好きになったことはないので、自分が『そう』だとは思わなかった。 けれど相手が茎田ならば、たとえ女だったとしても好きになったのではないかと思った。 つまり自分は茎田にしか恋が出来ないのだ。だから今まで誰も好きになることが出来なかったのだ。 すべては茎田と恋に落ちるためだったのだ。『花』森と『茎』田だし、これはまさに運命の出逢いだ――などなど、花森の思春期というか中二病的な諸々は、18歳で爆裂開花した。 * 「……何ニヤニヤしてんだよ、スケベ」 「え? 茎田のこと考えてたけど?」 「やっぱりスケベだ」 共通の友達である根井(ねい)を介してだが、茎田と仲良くなるのに時間はかからなかった。 色々あって付き合えることになったのは、ほんの数日前のこと。花森はこの世の春とばかりに青春を謳歌していた。 茎田はバカだからなんとかうまいこと言って付き合えないかなーと考え、両親が旅行に行っていないのをいいことに茎田を誘い出し――他に誰かがいれば別の日にリベンジするつもりだったが、どうやら神が味方してくれたようだ――本やネットの知識だけで勢いに任せて抱いてしまった。 最後までできるとは思っていなかったが、茎田の反応があまりにも可愛くて途中で止まれなかったのが正直なところだ。 幸い気持ちを告げても茎田は嫌がらなかったし、受け入れてくれたと思ったのだが……。 次の日の朝、いきなりヤリチンのくそ野郎と言われ頭を殴られたようなショックを受けたが、確かにそう言われても仕方のないような誘い方をしてしまったのは事実だ。 しかも花森の告白はまったく伝わっておらず、仕舞いには泣かせてしまい心から焦った。 でもその涙の意味が嫉妬だと分かったときは、思わずその場でガッツポーズしそうなくらい嬉しかった。しなかったが。 そして、花森が再度きちんと交際を申し込むと、茎田は花森と付き合うことを了承し、めでたく2人は付き合うことになった。 前から可愛いかったのだが、付き合ってからは本当に毎日茎田が可愛くて可愛くて可愛くて、花森は心の底から幸せだった。 学校中に、いや、全世界に茎田は自分のものだと自慢したいくらい浮かれている。誰に何を言われて構わない。いっそバレろ。 「つーかなんでおまえのことを考えてたってだけでスケベ扱いなんだよ。俺がスケベなことを考えてたっていう証拠でもあんのか?」 「だ、だって顔が!」 「顔がなに? つーかさ、スケベなこと考えてたのはむしろおまえの方だろ? だから俺のことがスケベに見えんだよ、茎田のスケベ」 「ちょっ……黙れ花森!! スケベスケベうるせぇえんだよ!!」 「言い出したのはそっちだろ? 何、茎田はそぉ~んなに俺とスケベなことがしたいわけ?」 からかうようにそう言ったら、茎田は顔を真っ赤にして目をそらした。そのあまりの可愛さに、花森は一瞬語彙を失った。 (……は? はああああ!? こいつ本当にマジで可愛すぎだろ――!? くっそぉぉ!! 抱く!! めちゃくちゃに抱いてまたアンアン死ぬほどヨガらせまくってやんよぉぉお!!) 芯まで冷めきっていた――と思っていた自分が、恋をしてこんな風になってしまうなんて思ってもみなかった。 一生誰も好きになれないと諦めていた花森に恋を教えてくれた茎田は、誰がなんと言おうと花森の女神だ。誰から見ても、どこから見てもなんの特徴もない平凡な男なのだが。 「その……うん。また、されたい、っつうか……」 「~~っっ!!」 顔を真っ赤にした茎田の恥ずかしそうな表情と、まるで花も恥じらう乙女のような仕草を見てたちまち元気になってしまった息子をなんとか押さえつけて、花森はせいいっぱい格好つけて言った。 「……放課後、俺んちな!」 花森くんのあれやこれ【終】

ともだちにシェアしよう!