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第8話 葉月くんの初恋②

なんとか茎田の魔の手から逃れた草野は、呆れたようにため息をつきながら言った。 「まあぼくのことはいいんだけど……葉月、あんまり悩みすぎるとハゲるよ」 「こんなにフサフサなのに!? そもそも青少年に悩みは付き物だろ!」 「それなら高校生はハゲだらけだよなー」  思わず髪を抑えながら反論したが(根井が恐ろしいことを言ったがスルーした)当の草野は涼しい顔――というか口元――をしていた。何故だか少し笑っているようにも見える。 「……?」  何故、初めて話す草野にこんなにも見透かされているような気持ちになるのだろう。 (草野って……何者なんだ? なんか、ただ者じゃない気がする……)  いつも小難しそうな本を読んでいるけど、自分と同じ高校生であることに変わりはないのに、何故か普通ではないような雰囲気が草野にはあった。 素顔を晒していない時点で十分ミステリアスなのだが、それを差し引いても、だ。 「で、葉月。ほんとにどうしたよ? 自分で解決できない悩みなら聞いてやらんこともないけど。いつも一緒に弁当食ってるよしみでな」 「おう、まだ17なのにハゲたら気の毒だしなー!」 「うん」 「うん」  花森の言葉に一同が頷いた。いや、茎田の言葉に頷いたのかどっちだ。 「くそッ、ハゲてたまるか! ……実は最近気になる女性がいて、でも名前も何も分からなくてそれで悩んでいるんだ」 「まさかの恋の悩みかよ!? うっひょおおおお「それ、うちの学校の子?」  茎田に冷やかされそうになったが、花森が茎田の声に被るように質問してきた。 「それも分からない。放課後商店街でたまに見かけてて……いつも私服だし……でも、あんなに綺麗な子をこの学校で見たことはない。いたら絶対に目立つと思うし」 「委員長って面食いそうだもんなー。この学校の美人なら俺もある程度は把握してるけど、そこまで言う程の美少女はなぁ……」  根井が頭を捻りながら言った。どうやら花森と根井は真剣に葉月の悩みについて考えてくれているようだ。茎田は野次馬根性丸出しで、草野は黙って聞いている。 「芸能人で言うと誰に似てる?」 「うーん……あまり詳しくないけど、しいて言えば橋下(はしした)カンナ……」 「はあ!? 千年に一人レベル!? 見かけねぇよそりゃあうちの学校じゃ!」 「すげえ、ハシカン!? 俺も会いたい!!」 「ブッ!」  根井と茎田が盛り上がる傍らで、何故か草野がお茶を噴いた。 「どうした草野、お茶なんか噴いて」 「ゲホッ、ゲホッ、いや……なんでもない。ぼくに構わないでいいから」  花森が心配したが、草野は下を向いてそっけない態度だ。 「しかも、何故か向こうは俺のことを知っているようなんだ」 「マジで!? なんで分かんの!?」 「自己紹介もしてないのに、俺のことを『はーくん』と呼んだんだ、彼女は」  『はーくん』の『は』は『葉月』の『は』以外にないだろう。  どうして彼女は――…… 「ハゲのハじゃねぇのか?」 「ブホァッ!」 「茎田、とりあえず今は黙ってろ! いったんハゲからも離れろ! 草野はまたお茶噴いてっし、本当に大丈夫か?」 「だ、大丈夫……」  茎田にはもう金輪際ノート類は貸してやらないとして、やはり草野の声はどこかで聴いたことがあるような気がする。 教室以外の場所でだ。でも、どこで? 「茎田、葉月は今はまだハゲてねぇんだからハゲのはーくんなわけねぇだろ! ……けど、確かに初対面にしては的確すぎるな。なんか名前の分かるものとか身に着けてたのか?」  根井にも今後ノートは貸さない。今はハゲてないが将来はハゲると決めつけやがって。 「いや、そういうのは特に。彼女は俺の目を見てはっきりと言ったからな、『はーくん』と」 「ハゲくんと」 「茎田、殺す!!」 「冗談だってば、冗談(ジョーダーン)!!」  けらけらと笑う茎田に殺意が止まらない。短髪だから掴みにくそうだけど、1000本くらい一気に引き抜いてやろうか。 「茎田、髪に関わる冗談は言うな……笑えないから」 「えー。花森も言われたら嫌なのか?」 「当たり前だろ」 「じゃあ、やめる……葉月、ゴメンなー」 「よし、いいこ」  花森が茎田の頭をよしよしと撫でて、そのままちゅっと髪にキスを落とした。 「………」  自分達は今、いったい何を見せられているのだろうか。  根井は『何も見ていません』とばかりにわざとらしくあさっての方向を向いており、草野は黙々と弁当を食べている。もう葉月の恋の悩み相談など、風の前の塵に同じだ。 (……………)  葉月は思った。もう二度とこいつらに悩み相談なんかしない、と。 謎の美少女の正体やいかに……! 葉月くんの初恋【終】

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