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第7話 葉月くんの初恋①

クラス委員長である葉月(はづき)は、その役職に恥じぬようクラスでは常にナンバーワンの成績を保つことを目標とし、日々勉学に励んでいる。  陰では彼を『ガリ勉野郎』と揶揄する連中もいるが、受験生なのだしガリ勉で何が悪い、むしろ進学を希望するなら誰もがガリ勉であるべきだ――と特に気にしていない。  中学生の頃から毎年そんな感じのあだ名が付いていたような気もするが――もしくは彼の身体的特徴であるメガネから取った『メガネ君』というポピュラーなあだ名――学生の本分は勉強だし、スポーツは得意じゃないため勉強ばかりしてきた。  そんなわけで、葉月はまごうことなきガリ勉野郎なのだが、まあそんなことはどうでもいいのだ。  彼には今、とある深刻な悩みがあった。  それは数学で分からない問題があるとか、体育祭の徒競走でまた最下位だったらどうしようとか、そういったものとはまったく異なる悩みだった。  ――気になる女性がいるのだ。  部活をやっていない葉月は、帰宅後は時々商店街に赴き、カフェで勉強したり本屋に行ったりと気ままに過ごしているのだが、そこで時々見かける多分自分と同じ年頃の少女。  勿論名前も住んでいる場所も知らないし、話しかけたこともないのだが、俗にいう一目惚れというのか、毎日気が付いたら彼女のことを考えていて、今日は彼女はいないのかなと懸想する日々を過ごしていた。  そして、昨日のこと。  久しぶりに彼女を見かけたと思ったら、チャラい男にナンパされていた。 様子を伺っていたら彼氏と待ち合わせていると聞いてショックを受けたが、その彼氏がなかなか現れる様子が無かったので、余計なお世話だとも思いつつ渾身の勇気を振り絞って声を掛け、彼女を助けたのだた。 結果的に助けられたのは自分のような気もするが――それはいいとして。  何故か彼女は、自分のことを知っているようだった。葉月の名前を知らない限り、いきなり『はーくん』という的確なあだ名は出てこないだろう。  目が合った瞬間に葉月は確信した。この子は自分を知っている、と。  しかし彼女はさらりと礼を言うと、そのまま逃げるように立ち去ってしまった。運動不足で動けなくなった葉月と、罪作りな笑顔を残して――。 「ああああ……」  葉月は頭を抱えて机に突っ伏した。  何故自分はその後彼女を追いかけなかったのだろう。いや、追いかけたくても追いかけられなかったのだけど。自分の体力の無さを恨む。  どうして今まで勉強ばかりしてきたのだろう。部活には入らずとも、たまには放課後に走る練習など……するはずもなく……。 「おい委員長、飯食わねーのか?」 「……ん?」  顔を上げると、いつも一緒に弁当を食べている面子が既に揃っていた。  話しかけてきたのは茎田(くきた)で、その隣には花森(はなもり)、更にその隣に根井(ねい)、そして草野(くさの)。 いつの間にやら昼休みになっていたらしいが、全く気付かなかった。 「委員長、なんか授業中も様子がおかしかったけど腹でも壊してんの?」  今度は根井が尋ねてきた。今日の自分がどんな様子だったのかなんて客観的には分からないが、そんなことを言われるなんて相当挙動不審だったのだろう。しっかりしなければ。 「いや……別に。体調は問題ない」 「ふーん。あっ! 数学で分かんない問題があるなら花森に聞けば!?」 「いや茎田、葉月の方が俺よりふつーに勉強できるから」  葉月の返事を何故か茎田が受けて、花森がツッコミを入れる。茎田と花森は最近仲が良いみたいで、よく一緒に行動している。  茎田のような手がかかるタイプとずっと一緒にいて、花森は疲れないのだろうか……と疑問に思いしばらく観察していたが、どうやら花森は茎田の世話を焼くのを楽しんでいる、ということが分かった。イケメンなのに変わっている。  葉月は毎日この四人と一緒に昼食を食べてはいるものの、この中ではっきりと友達だと呼べる人間はいない。しかし葉月以外の四人が仲がいいというわけでもない。 それでも、何故か彼らは毎日葉月の周りに集まってきて、弁当を食べるのだった。  まったくもって謎行動だが、一人で食べているとおせっかいな連中に心配されるので、有難いと言えば有難かった。別に一人でも全然構わないのだけど。  そういうわけで、彼らは友達ではないけれど、世間話くらいはする仲である。 「……なんか、悩みごと?」  次に尋ねてきたのは草野だった。少し驚いてそちらを見る。初めて話しかけられた気がする。なので当然声を聞いたことも――いや、ないことはない。が、何故かごく最近聞いたような声だったことに驚いた。 「……何? ぼくの顔に何か付いてる?」  思わずじっと見つめてしまったらしく、草野は少し身を引いた。 「い、いや……ごめん」  どこで聴いたのだろう。どこで――…… 「ていうか草野の顔見えてねえじゃん! その前髪の下、見せろよぉ~」 「ちょっとやめて」  茎田が草野の前髪をめくろうと手を伸ばしたが、草野は今度は椅子ごと身体を引いて退避した。 「無理だよ茎田、草野は絶対に素顔見せてくれないから」 「花森でも見たことねぇの!?」 「うん」 「親友の顔を知らないってすげぇな……」  草野と花森は親友だったらしい。教室で話しているのを見たことがないので、それも驚きだ。(葉月の知らぬところで話しているのかもしれないが)

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