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第2章24話試練
何を言っても傷付けてしまいそうで。
だから城野は黙ったままで彼女の耳朶に光る石を見ていた。あの日、彼女があんなに慌てて、城野の部屋に落とし物を探しにきたのは、それが兄からの贈り物だったからだ。
「今日はありがとう。城野があまりにも男前過ぎて、佑月はびっくりしてたみたい。すっごく、ジロジロ見てたでしょ」
クスクスと深月は笑った。
「ジロジロ見てた、って言うか、あれは……」
彼女によく似た男の値踏みするような目付きを思い浮かべながら
「睨んでたんじゃないの?」
城野がそう言うと
「佑月は心配性なのよ。昔から、ずっと、そう」
ハイヒールの先を見つめて彼女はポツンと答えた。
城野のマンションの前まで一緒に帰ってきたのに
「やっぱり寄らずに帰るわ」
なんて、深月が言い出すから。
だけどなんだか別れ難く。
だから二人はマンションの前の道でそんな話しをしていた。
冬の短い陽が落ちて冷気が頬を撫でていく。
「城野と会うのは今日で最後にしようと思うの」
不意に彼女がそう言ったのは、けれど彼女にとってはそれは唐突ではなくて、きっと初めからそう決めていたのだろう。
「そうか」
それ以外に城野に何が言えのだろうか。
「今まで、ありがとう。優しくしてくれて」
深月がそう言った時、城野は思わず彼女を抱き締めていた。
ほわりと薫ってくる彼女の髪の匂いに包まれながら、城野は思う。
ーーもしも
ーーこれが恋ならどんなにいいか
何度も何度もそう思った。
けれど何度そう思っても、城野が心の底から欲しいと願うのは、たったひとりの人だった。最後に会った時のことを思うと胸が張り裂けそうで。
だけど、どうしても面影を消し去れない人
「城野っ」
不意に呼ばれた名前と振り解かれた腕。
驚愕する目の前の深月の表情 。
城野は訝しげに後ろを振り返った。
ーーゆづ
「城野、早くゆづ君を追いかけてっ」
悲鳴じみた深月の声が城野の耳には遠く聞こえた。
頭が動けと命じても身体は動かない。
「城野っ。早く」
その声はまるで夢の中で聞いているようだった。
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